国立大学法人。1949年(昭和24)、長崎高等商業学校、長崎医科大学、同附属薬学専門部、長崎師範学校、長崎青年師範学校、長崎高等学校(1947年設立)を母体として、学芸学部(1966年教育学部に改称)、経済学部、医学部、薬学部、水産学部の5学部からなる新制国立大学となった。その後、工学部(1966)、歯学部(1979)、環境科学部(1997)が設置され、8学部を有する総合大学に発展している。大学院には、各学部と海洋生産科学の各研究科が置かれていたが、数度の改組を経て、2010年(平成22)時点で、教育学、経済学、生産科学、医歯薬学総合、国際健康開発の5研究科がある。附置研究所に熱帯医学研究所、附属教育研究施設に原爆後障害医療研究施設、環東シナ海環境資源研究センターなどがある。2004年4月、国立大学法人法の施行に伴い、国立大学法人となる。本部は長崎市文教町1-14。
[馬越 徹]
『長崎大学編・刊『長崎大学三十五年史』(1984)』
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1857年(安政4),オランダ軍医ポンペ・ファン・メールデルフォールトが,幕府医官松本良順ら12名にオランダ語による医学講義を開始した医学伝習所が創基とされる。その後,伝習所は養生所,精得館,長崎府医学校などの変遷を経て,1923年(大正12)に長崎医学専門学校から長崎医科大学に昇格。1949年(昭和24),同大学および長崎経済専門学校,長崎師範学校,長崎高等学校などを包括し,新制の国立長崎大学として5学部で開学。大学の理念は「長崎に根づく伝統的文化を継承しつつ,豊かな心を育み,地球の平和を支える科学を創造することによって,社会の調和的発展に貢献する」。原爆投下や放射線医療科学分野に関連する蓄積を引き継ぎ,福島県の原発事故をうけては支援と協力に取り組んでいる。2016年(平成28)10月現在,多文化社会・教育・経済・医・歯・薬・工・環境科学・水産の9学部,8研究科があり,学部学生7483人,大学院生1562人。
著者: 船勢肇
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