かつて長者が住んでいたというその屋敷跡とか、黄金を埋めたとか、それにまつわる伝説。日本全国に分布していて近世の雑書・地誌・随筆類にも少なからず記されている。ほとんどが、長者がいかに没落したかを語るものである。たとえば、奈良県宇陀(うだ)郡室生(むろう)村(現奈良県宇陀市室生)のそれは、2人の子が家出し孤独になった滝野長者が財宝を滝つぼに投げ込み自殺したというもの。後の人が滝つぼをさらおうと試みたが、かならず雷雨があるので中止したという。滝つぼの大石は現存して元旦(がんたん)には鶏(とり)の声が聞こえるという。滝野長者の全盛期には大和(やまと)・伊賀国境の千刈田(せんかりた)の田植に、田があまり広いために田植が終わらぬうちに日没となるので、長者が金扇をもって日を招き返したところ、千刈田は米ができなくなってしまったと伝える。鳥取市北部の湖山池は、昔の湖山長者の田であった所で、やはり田植の日に、国中の早乙女(さおとめ)に植えさせてもまにあわず、金扇で太陽を差し招いて田植を完了したが、そのため所領の水田は一夜で湖と化したと伝える。兵庫県加西(かさい)郡北条町(現加西市)の朝日長者も同じ伝承によって即死したという。埼玉県秩父(ちちぶ)郡に伝わる長者伝説は、3代目の長者が先祖の富貴をおごり、秩父中の蕨(わらび)を刈らせて、日没に日輪を扇で招き返したが取り尽くせず、たびたび扇で招き、そのたびに長者の家族が1人ずつ消えてゆき、ついに長者も屋敷もなくなったという。高知市長浜町の宇賀長者は、水の神の恩恵で霊泉を発見し、富裕となるが、驕慢(きょうまん)のために財を一夜にして失う。奈良県磯城(しき)郡のそれは、芋(いも)の下に黄金の壺(つぼ)を発見し芋丸長者として栄えたが2代で滅びる。今日に残る祠(ほこら)はその屋敷跡と伝える。そのほかに俗謡で、「朝日輝く夕日のもとに」黄金を埋めたという場所を示した類歌も多い。どの伝説もおよそは共通した筋(すじ)で、もともと系統だった伝説が、伝播(でんぱ)の間に断片として地元の伝承に化合してしまった話と思われる。その伝播には僧侶(そうりょ)が荷担していたともいう。
[渡邊昭五]
長者にまつわる伝説。全国に広く分布している。貧しい男が偶然のきっかけから幸運をつかんで裕福な長者になる話,また東西の長者がその財宝を競いあう話などがあるが,なかでも多いのが,栄華を誇った長者の没落を物語るもので,長者の屋敷跡と伝える場所が各地にある。そこに残る古井戸や石塔を往時のなごりであると信じている。しかし,長者伝説は史実とは直接関係はない。おそらく,村の中で特別視される場所や遺物,古木などに伝説が付着したものであろう。各地の長者伝説に,共通のストーリーの多いことがそれを物語っている。没落の原因を,非道で強欲な長者のふるまいにあると説明する場合が多く,入日を扇で招き戻したために,その罰を受けて滅びた話は,朝日長者,湖山長者をはじめとして各地に伝えられている。長者伝説が,その没落を説くのに対して,昔話では,長者になるまでの成功を語ることの多いのが対照的である。
執筆者:常光 徹
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