電子線に対して光学レンズと同様の働きをする装置。一点からいろいろな方向に出た電子線をふたたび一点に集める機能を有する。軸対称電磁場からできているものが多く、電場を用いた静電レンズはブラウン管に、また磁場を使った磁界レンズは電子顕微鏡に利用されている。
電子レンズの動作原理を理解するには、電磁場中の電子軌道計算によらねばならないが、以下に実際の電子レンズについて直観的な説明を行う。 はブラウン管に使われている静電レンズであるが、電子は加速されながらレンズ作用を受ける。力は等電位面に垂直な方向に働くため、レンズの左半分では収束作用になるが、右半分では発散作用になる。しかし、右半分の領域では電子線の速度が大きくなるために発散の効果は小さく、全体としてみると凸レンズになる。 は電子顕微鏡で使われている磁界レンズだが、電子の速度はレンズの中で変化しないという点で、静電レンズや光学レンズとも異なっている。電子が磁場から受ける力は電子の速度と磁場のベクトル積に比例するため、入射電子は磁場の動径成分の作用によって、光軸を中心とする回転運動を始める。電子が回転し始めると、今度は磁場の軸方向成分の作用によって中心方向の力を受ける。この力は軸から離れるほど大きく、凸レンズの作用になる。磁場の方向を逆転しても凹レンズになるわけではなく、凸レンズのままである。これは磁場が二度働いた結果がレンズ作用になるためである。レンズの強さ(焦点距離の逆数)は、コイル電流の2乗に比例するので、コイル電流によって焦点距離を連続的に変えることができる。
電子レンズには、光学レンズと同種類の収差(像のぼけやひずみ)があるが、磁界レンズには、さらに像回転収差が付け加わる。例にあげたような軸対称電磁場は凹レンズにはなりえないことが理論的に証明されており、このため光学レンズのように凹凸の組合せレンズによって収差を打ち消し、収差の小さい光学系を実現することは電子光学系では不可能である。実際、電子顕微鏡の分解能限界は対物レンズの収差だけで決められている。このため、収差の小さな新しい電子レンズの開発が続けられ、1998年に報告された軸対称でない収差補正レンズに関心が集まっている。
[外村 彰]
電子線を偏向させてレンズ作用をもたせるための装置で,磁界型レンズおよび電界型レンズがある。
磁界に加速された電子がある角度で入ったとすると,磁界の中を飛ぶ電子には力が作用する。この力はローレンツ力と呼ばれ,フレミングの左手の法則に従う。磁界に入った電子の運動方向を磁界に直交するものと,平行するものとの二つの成分に分けて考えてみると,磁界に直交するものは,円偏向を受け,円軌道をとり,もとのところに戻ってくる。一方,磁界に平行なものは直進する。したがって両ベクトルの示す速度を同時にとる電子の軌道はらせんとなる。図1-aに示すように点Pから出た電子線束はいろいろならせん軌道をとって磁界を通過し,ここでレンズ作用を受けて,点P′に焦点を結ぶ。このようにして,磁界は電子線に対してレンズ作用を示すことになる。電子顕微鏡などに使われるものでは強いレンズが必要なため,図1-bに示すように,コイルをヨークで包んで磁化し,ポールピースに小さな隙間を作って磁界を集中化させて強励磁の性能のよいレンズを作っている。
電極間に強い電圧をかけると電極間に静電気力線ができる。電子がこの電界を通るとき,電気力線の影響を受けて曲げられ,結果として収束レンズ作用を示す。図2はブラウン管などに用いる静電型レンズで,電位がそれぞれφ1およびφ2なる相対向する2個の円筒形導体から構成され,円筒の端面にできる等電位面が電子線に対してレンズ作用をする。電場の一つの断面におけるレンズ作用の正負は等電位面に直交する電気力線が光軸に近づくように向くか,遠ざかる方向をとるかによって定まる。このレンズでは電子速度の小さい領域において電気力線の方向が軸に近づいているから収束作用のほうが発散作用に打ち勝ち,凸レンズとして作用する。電極の電位を変えると焦点距離が変わる。
執筆者:松尾 達也
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