化学辞典 第2版 「電界イオン化」の解説
電界イオン化
デンカイイオンカ
field ionization
高電界により原子や分子が正イオン化されることをいう.このような高電界は,きわめてとがった金属針(先端の曲率半径が約100 nm 以下が適当)に正の高電圧をかけることにより容易に得られる.もっとも電離電圧の高いHe気体原子でも,440 MV cm-1 の高電界では He+ となる.【Ⅰ】この現象のエネルギー関係を金属を理想的平面として図に示す.
点線は外部電場のない場合のポテンシャルエネルギー曲線で,外部電場を荷電すると実線のようになる.外部電場により,中性粒子の1個の価電子の基底状態が金属のフェルミ準位まで上昇すると,この電子はトンネル効果で金属に移動し,中性粒子はイオン化する.電界イオン化の現象は大別して次の図のような3種類になる.
(A)気体原子(分子)が上記のような高電界のかかっている金属針の先端に近づいて,衝突前に正イオンになるか,または何回か金属針表面と衝突後,正イオンとなる場合.
(B)金属針先端に吸着している原子(分子)が正イオンとなる場合.たとえば,W針先端に化学吸着しているN原子は,約450 MV cm-1 の電界でイオン化される.
(C)金属針の表面をなしている金属自体の原子が正イオンとなる場合.たとえば,Ptでは,475 MV cm-1 の電界でイオン化する.
いずれの場合も,できた正イオンは金属針にかかっている正電界により反発されて飛び去る.とくに(B)の場合を電界脱離,(C)の場合を電界蒸発という.(A)は1928年,J.R. Oppenheimerにより,(B)と(C)はE.W. Müllerにより,1941年および1956年に見いだされた.(A)の現象は電界イオン顕微鏡の結像の原理となっており,(B)と(C)はいずれも試料表面の清浄化に用いられている.とくに(C)では,電界を精密に加減すると,試料先端の原子面を1層ずつはぐことができる.【Ⅱ】電界イオン化で生じたイオンを,質量分析計で調べることも行われている.このイオン化法の特徴は,
(1)電子衝撃に比較して断片イオンが非常に少なく,
(2)ほとんどの有機化合物は,主としてプロトン化イオンとして生成され,とくに陽極付近に水蒸気の残留があれば,例外的に不対電子をもつ分子(O2,NOなど)以外は,プロトン化イオンとなる.
(3)大きな双極子能率をもち,蒸気圧が低く,イオン化電圧の高い分子(水など)は,多量のイオンクラスターを生成する.
以上の特徴から次の応用がある.
(1)不揮発性で解離しやすい分子(グルコースなど)を陽極先端近くにつけて,親イオンおよびプロトン化イオンを生成し,その分子量を決定できるので,電子衝撃と組み合わせて有効な有機化合物の構造決定が行える.
(2)感度が高いことと試料が少量でよいので,多成分混合系の定量分析に利用できる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報