電界イオン顕微鏡(読み)デンカイイオンケンビキョウ(その他表記)field ion microscope

デジタル大辞泉 「電界イオン顕微鏡」の意味・読み・例文・類語

でんかいイオン‐けんびきょう〔‐ケンビキヤウ〕【電界イオン顕微鏡】

光線の代わりに高電圧加速されたイオンビームを用いるイオン顕微鏡の一。1951年に米国のE=W=ミュラー発明。鋭く尖った針状試料を使い、その先端部分の原子配列を半球状のスクリーン拡大投影して観察する。FIM(field ion microscope)。

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改訂新版 世界大百科事典 「電界イオン顕微鏡」の意味・わかりやすい解説

電界イオン顕微鏡 (でんかいイオンけんびきょう)
field ion microscope

フィールドイオン顕微鏡ともいい,FIMと略称される。光学顕微鏡電子顕微鏡は光や電子線の回折現象を利用して物体の拡大像を得るものであるが,これらとはまったく異なる原理による顕微鏡放射型顕微鏡と呼ばれているものがある。これは試料表面からイオンあるいは電子を放射させ,それを加速直進させて蛍光板上に試料表面の拡大像を投射する型のものであり,熱電子放射型顕微鏡,電界電子放射型顕微鏡,電界イオン脱離型顕微鏡,電界イオン顕微鏡がこれに属する。このなかで最も進歩が著しいのは電界イオン顕微鏡で,試料自身の電子やイオンを用いずに,外部から供給されたイオンを試料表面から蛍光板上へ投射結像させるものである。電界イオン顕微鏡はミュラーErwin Wilhelm Müller(1911-77)によって1951年に開発されて以来,改良発展され,現在では人類がつくり出した顕微鏡としては最高の分解能を実現させ,これによって初めて物質の原子配列像の観察が可能となった。

 図に示すように電界イオン顕微鏡の基本構造はきわめて簡単であり,その主要部は針状のチップとした金属試料とそれに対向する結像用蛍光板(スクリーン)からなっている。鏡体内を排気した後,10⁻3Pa程度の不活性ガス(たとえばヘリウム)を満たす。試料チップを液体窒素以下の温度(78K以下)に冷却し,試料チップに蛍光面に対して正の高電圧(数万V)を印加する。高電圧によって分極した不活性ガスの原子は試料表面に引き寄せられ,電界電離現象によって電離して陽イオンとなる。この陽イオンは陽極となっている試料チップから反発力を受けて蛍光板に投射され結像する。この場合の倍率は試料チップ先端の曲率半径,チップと蛍光板との距離によって与えられ,曲率半径を1000Å以下とし,距離を10cm程度とすると3万V以下の電圧でも約50万倍以上の像が得られ,試料を20Kくらいに冷却しておけば2~3Åの分解能が容易に得られる。従来,電界イオン顕微鏡像は電子顕微鏡像と比較して著しく暗いという欠点があったが,現在ではチャンネルトロン型二次電子増倍板の出現によってこの欠点は克服され,印加電圧を高くすることができないアルミニウムなどの低融点金属でも原子像の観察が可能となっている。また電界蒸発法によって試料表面から1原子層ずつ正確に制御しながら蒸発除去することができるようになったので,これと電界イオン顕微鏡観察とを交互に行うことによって試料の三次元的な原子配列の情報を得ることも可能となった。さらに1970年ころから観察した個々の原子の種類を識別するため,電界イオン顕微鏡に単一異種原子を分析できる質量分析計を付加した装置が開発され,アトム・プローブ電界イオン顕微鏡atom-probe FIMと呼ばれている。

 電界イオン顕微鏡およびアトム・プローブ電界イオン顕微鏡は結晶格子欠陥,相変態の初期過程,酸化,表面吸着,拡散,放射線損傷,非晶質合金の結晶化過程など,金属工学および固体物理学の広い範囲にわたって有力な研究手段となりつつある。
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化学辞典 第2版 「電界イオン顕微鏡」の解説

電界イオン顕微鏡
デンカイイオンケンビキョウ
field ion microscope

略称FIM.E.W. Müllerが1951年に創案したものである.図のような試料金属針を約0.13 Pa の結像気体(He,Ne,Ar,H2 またはこれらの混合気体)中におき,正の高電界をかける.試料針は液体水素(約20 K)や窒素(約78 K)で冷却する.試料先端をつくっている原子面の縁の突出原子上で結像気体原子(分子)は電界イオン化され,スクリーンに向かってその正イオンは飛び,突出原子に対応した光点の像をつくる.イオン像の倍率は 106 以上に達し,分解能は約0.2 nm であり,ほとんどの金属の表面原子配列のありさまを1個1個の原子を分離して観測できる.とくに1個の原子空孔が観測できるのは,このFIMの大きな特徴である.FIMでは電界脱離や電界蒸発により試料金属表面を清浄化するだけではなく,目的としている現象の試料内部への分布をも観察できる.FIMは表面物理・化学の研究に役立つのはもちろん,金属学への応用も大きな分野となっている.また,将来は生物学の医学への応用も期待されている.次に示した図はFIM本体の構造と,Ptの(111)中心のHeイオン像である.

1967年,Müllerおよび協力者によって,FIMに飛行時間型質量分析計をつけた原子ブローブ電界イオン顕微鏡(atom-probe field ion microscope)が完成された.この装置により,イオン像としてスクリーン上に観察されている任意の光点を選び,それに対応している試料表面上の原子(分子)を 10-9 s のパルスで電界蒸発させ,質量分析してその化学種を同定することができるようになった.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

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