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青年イタリア せいねんイタリア Giovine Italia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

青年イタリア
せいねんイタリア
Giovine Italia

イタリアのリソルジメント運動で大きな役割を果した秘密結社。 1831年秋 G.マッツィーニが亡命先のマルセイユで結成。従来のカルボナリ結社の克服を目指し,組織論としては複雑な位階制を廃した行動団体的形態をとり,運動論としては小部隊による反乱方式,つまりゲリラ戦を採用した。

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百科事典マイペディアの解説

青年イタリア【せいねんイタリア】

1831年マッツィーニが亡命地マルセイユで結成。イタリア語でGiovine Itaria。イタリアの統一と独立をめざす共和主義者の政治結社で,きびしい弾圧にもめげず武力蜂起(ほうき)活動を続け,リソルジメント運動の中心的役割をになった。
→関連項目ガリバルディ

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世界大百科事典 第2版の解説

せいねんイタリア【青年イタリア Giovine Italia】

リソルジメント期のイタリアの政治結社。1831年マッツィーニが亡命地マルセイユで創設。イタリアの統一と共和制の実現を目標にかかげ,蜂起と宣伝活動を重視した。結社名は旧世代の運動への不信を表しており,カルボナリ党的な秘密結社方式の克服を目ざした。創設とともにイタリア国内にも急速に浸透し,地下出版物も多くもちこまれた。34年2月のサボイア蜂起計画の準備過程で,ヨーロッパにおける革命運動の主導権をとるのはイタリアかフランスかをめぐってブオナローティ派の組織と対立した。

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大辞林 第三版の解説

せいねんイタリア【青年イタリア】

イタリアの統一と共和制樹立をめざした政治結社。1831年マッチーニが設立し運動の大衆化をはかった。49年ローマ共和国を建設したが失敗、以後衰えた。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の青年イタリアの言及

【ビアンコ】より

…革命の失敗でスペインに亡命,次いでマルタ島に渡る。30年7月革命の後フランスに移り,マッツィーニに協力して〈青年イタリア〉の中心メンバーとなる。34年のサボイア遠征に失敗してスイス,次にブリュッセルに移り住み,失意と貧困のうちに運河に投身自殺した。…

【マッツィーニ】より

…1827年ジェノバ大学を卒業,文筆活動のかたわらカルボナリ党に加入して30年逮捕される。31年マルセイユに亡命,カルボナリに代わる新しい政治結社〈青年イタリア〉を結成して,イタリアの国家統一(リソルジメント)と共和制の実現を目ざした。この結社は,教育(出版物による宣伝)と蜂起(ゲリラ方式の反乱)を重視した活動で急速に国内に浸透したが,33‐34年の弾圧で打撃を受け,彼も亡命地をスイスに移した。…

【リソルジメント】より

…これ以降,南イタリア(メッツォジョルノ)の農民にとって土地問題は最大の争点となり,リソルジメントの過程に独自の介入を示すことになる。
[カルボナリから青年イタリアへ]
 ナポレオン体制が崩れたあと1815年以降のウィーン体制のもとで,イタリアには次の諸国家が分立する。サボイア朝のサルデーニャ王国,オーストリア支配下のロンバルド・ベネト王国,ハプスブルク家のトスカナ大公国,ローマ教皇の支配する教会国家,スペイン系ブルボン朝の両シチリア王国,それにパルマ公国,モデナ公国,ルッカ公国などで,全体としてオーストリアの強い影響下にあった。…

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