頭脳流出は移民の一形態で,高度の教育を受けた労働力の国外移住を意味する,主としてジャーナリズムでの用語である。その定義および概念はまだ確立されておらず,学問的実証的研究も少なく,頭脳流出の原因,本国と受入れ国における影響についても,いくつかの個別研究が限られた範囲であるにすぎない。頭脳流出が国際的問題とされはじめたのは,1960年代半ばに第三世界の経済開発問題との関係においてであった。アジア,アフリカの新生独立国にとって科学者,技術者,そして開発計画の専門家の養成は緊急の課題とされ,多くの学生が先進国の学術研究所,大学に留学した。しかし学業終了後も先進国に残留する者が増え,発展途上国の科学者,技術者,医者のなかからも先進諸国に職を求めて移住する傾向がみられた。そこでこのような人々の海外流出,移住が国際的問題となり,国連総会は1968年に〈高度に研修を受けた人員〉が発展途上国から先進国に移住する傾向が増大し,それが開発の妨げになっていることを指摘した。これを機会に,世界保健機関(WHO),ユネスコ,ILO等がそれぞれの分野で頭脳流出の調査を行った。国連研修研究所は頭脳流出の包括的な比較研究を行い,《頭脳流出-移住と帰国》(1978)を公表している。この調査によって,頭脳流出は単に経済的利益の追求のみではなく,本国と受入れ国の両方に頭脳を〈押し出す力〉と〈引きつける力〉とが,政治・社会・文化的状況,家族の問題,労働条件と環境,移民に対する法的・行政的措置等と複雑にからみ合って生じていることが解明された。頭脳流出が発展途上国の開発にマイナスに作用しているのは確かだが,その程度も,それぞれの国によって異なり,容易な一般化はできない。また調査は,外国で学ぶ学生の大多数が帰国を計画し,事実,帰国していることを実証した。最近の国際的経済の停滞は先進国の頭脳に対する需要を弱めている。しかし労働力の一時的海外流出は広範囲となり,半熟練工や熟練労働者の出稼ぎは頭脳流出とは別の問題を投げかけている。
執筆者:内田 孟男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
主として優れた科学者・技術者が,研究条件や生活水準の向上のため,自国から他国へ移動し定着すること。大学の関わりとしては,第1に,他国からの留学生を組織的に選別・訓練して学位を付与し,自国の企業,研究所,大学等への残留の道を開く。第2に,研究教育水準を改善するため,優れた研究教育者を他国から任用する。こうした移動と任用に言語・文化上の共通基盤は重要で,頭脳流出の流行は,1950年代のイギリス人科学技術者のアメリカ合衆国への大量移住に端を発した。20世紀後半には,インドや中国等の途上国の若手研究者の合衆国への定着が問題視された。近年,学術と企業に浸透したグローバル化は,地域間の知的格差の拡大の懸念を部分的には杞憂とした。しかし,21世紀初頭の合衆国への移住者を学歴別に見ると,先進国からでは高卒以下と大学卒以上の比は1対2以下であるが,中国やインドからでは1対10~15と,大卒以上が大部分である。頭脳流出はいぜん現実である。
著者: 立川明
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
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