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飛騨屋久兵衛(初代) ひだや きゅうべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

飛騨屋久兵衛(初代) ひだや-きゅうべえ

1674-1728 江戸時代中期の商人。
延宝2年生まれ。蝦夷(えぞ)地の山請負。祖先は甲斐(かい)武田の武将といわれる。23歳のとき江戸にでて,栖原(すはら)角兵衛家の手代となる。元禄(げんろく)15年(1702)松前にわたり,松前藩の許可をえてエゾマツを伐採し,江戸,大坂へつみだして材木商として成功した。享保(きょうほう)13年11月10日死去。55歳。飛騨(ひだ)(岐阜県)出身。姓は武川。名は倍行(ますゆき)。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

飛騨屋久兵衛(初代)

没年:享保13(1728)
生年:延宝2(1674)
江戸中期,蝦夷地場所請負商人。飛騨国益田郡湯之島村(岐阜県下呂町)で木材請負業武川久右衛門の長男に生まれ,倍行と称した。下呂を拠点とする同家は,久兵衛が元禄9(1696)年木材の大市場である江戸進出を果たし,以後次第に発展,飛騨屋と号した。下北の大畑(青森県大畑町)を経て同15年松前にも進出し,蝦夷地産の木材を江戸市場などに送って巨利を得た。「碌々と山間に生涯を終らんよりは寧ろ他国に出て事を成す」との意志が強く,この冒険的事業家としての性格が,成功の要因であったと思われる。 以後代々久兵衛を名乗るが,2代目までは山林事業。3代目は安永2(1773)年,松前藩への巨額の貸付金の代償としてアッケシ,クナシリなどの4場所を請負い,山林経営から漁業経営に転換してゆく。しかし4代目は,アイヌ酷使のため寛政1(1789)年のクナシリ,メナシのアイヌ蜂起にかかわって,松前藩から場所を没収された。<参考文献>根室シンポジウム実行委員会編『三十七本のイナウ

(桑原真人)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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