中国,殷・周時代の青銅器に表された怪獣面の文様。《春秋左氏伝》によれば,縉雲氏にできの悪い息子がおり,飲食や財貨をむさぼり,身よりのない者や貧乏人まで苦しめた。そこで人々は彼を饕餮と呼んだという。饕は財貨をむさぼること,餮は飲食をむさぼることを意味する。舜が尭帝の下で実際の行政を担当していたとき,渾敦(こんとん),窮奇(きゆうき),檮杌(とうごつ)ら悪人を世界の果てに追放したが,饕餮もその一人として追放を受け,大地の果てにあって土地の精霊たちが悪さをなすのを防いでいるという。《春秋左氏伝》が記録するのは歴史化された伝説で,その背後には,饕餮に関する,より古い神話的な伝承があったものと考えられるが,その詳細はなお不明である。《呂氏春秋》に〈周の鼎に饕餮を著し,首(かしら)あるも身(からだ)なし〉とあるところから,青銅器を飾る,目と角とを強調した獣面文様を,宋の《博古図》など以来,饕餮文と呼ぶようになった。こうした文様の起源となるものは,早く竜山文化や良渚文化の玉器の文様として見え,殷から西周前半期に青銅器の文様としてとくに発達する。しかし殷・周の人々が,こうした文様を饕餮文と呼び,古代の悪人の饕餮をあらわしたものと考えていたという保証はない。
執筆者:小南 一郎 青銅器に表された饕餮文は,怪獣の正面形の文様をなし,巨大な目と角がとくに目だち,口は鼻の両側にひろがり,牙や他の歯が表現されている。顔のほか,足,尾,羽毛をつけた細長い胴部をあらわしたものもあるが,これらは胴体を尻から切り開いて左右に展開した形にみられる。饕餮文がいかなる動物をもとにしたものかを,その各部がなにを表現しているかということから考えてみると,第1に角には牛や羊,甲骨文にみえる虎や竜の角などがある。耳は人に近いものと,象か虎の耳に似たものがある。口は肉食獣のそれの表現で,牙をあらわしたものもある。身体はあるものとないものがあるが,あるものは蛇のように細長く曲がっていて,羽翅や鰭(ひれ)の文様がついている。羽翅は天にのぼるシンボルであろう。足には虎や猛禽に似たするどい爪がある。このように饕餮文は一つの動物の姿を原形にしたのではなく,空想上の竜や鳳のような動物像や禽獣像を合成してつくったものであることが知られる。この文様の意味についていえば,文様の中心となるらんらんと見開いた巨眼,むきだした牙にテーマがあり,これは,悪霊を折伏(しやくぶく)する辟邪(へきじや)の力をもっているものであり,他の部分でも牛,羊は祭礼の犠牲に供せられる聖獣であり,角には辟邪の威力があり,虎は農業の守護神とも考えられている。このように饕餮文とは呪術的図文で,これを青銅容器に飾ることにより,その中に入れられた神への供えものである食物,飲物を悪霊から守護するという呪術的な力を有することになる。
→青銅器
執筆者:杉本 憲司
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中国、殷(いん)・周時代の、多くは青銅器に表現された怪獣文の一種。獣面紋とよばれることもある。青銅器のほか、骨角器、玉器などにもこの文様がみられることがあり、長期間にわたって愛用された文様である。この命名は宋(そう)代に始まる。呂大臨(りょたいりん)著の『考古図』(1092)の「呂氏春秋」に「周の鼎(てい)に饕餮を著す、首ありて身(からだ)なし、人を食(くら)っていまだ咽(いん)せず、害その身に及ぶ」とあることから名づけられたとあり、今日までこの名称が踏襲されている。この文様は新石器時代晩期の良渚(りょうしょ)文化期までたどれることが知られている。その妖気(ようき)を放つ面貌(めんぼう)は見る人をして畏怖(いふ)せしめるばかりでなく、神々の世界へと誘うごとくである。
[武者 章]
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…最大のものは1974年鄭州張寨発見品中の1点で通高1m,重さ86.4kgある。器腹上部と四脚に饕餮文(とうてつもん)をつけ器腹四周は乳丁文で飾る。青銅容器には他に鬲(れき),尊,觚(こ),斝(か),利器には斧,刀子,鉞,戈,鏃があり,これら青銅器はすべて薄造りで文様は饕餮文のほか弦文,夔文(きもん),雷文がある。…
…これらの神像は前の時期と比べて飛躍的に種類が増すが,それらは各種の野生動物から採用された身体部分(牡羊,水牛,野牛等々の角,ミミズクの毛角,虎の耳,象の鼻,毒蛇の頭,猫科の動物の足先,鳥の羽根,嘴等々)のいくつかをもって合成されたもので,後世,竜とか鳳凰とか呼ばれることになる類である。それらのうち青銅器の上で目だつ部分に大きく扱われる饕餮文は,支配者の族の遠い先祖と信ぜられた天神であり,小さく扱われるのは彼らに臣従する族の祖先神,その支配する土地の自然神の類と考えられる。この時期には図像の表現形式も多様化し,手のかかったものとなる。…
…神像や仏像が人間の姿を借りながら人間を超えた力を表すのと同様に,青銅器は神像や仏像の出現する以前に,物そのものの存在感を神的な力にまで高めたものである。青銅器に付せられた牛,虎,象,鴟鴞(しきよう),蟬などの文様は,古代のさまざまな神格を表すものとも考えられ,また各種の抽象的な図形も何か神秘的な力をもつものかもしれぬが,とくに饕餮文(とうてつもん)と呼ばれる大きな目玉を中心とした抽象的な獣面文は青銅器のごく初期からその萌芽があり,しだいに発達してつねに青銅器装飾の中心となっている。また雲雷文と呼ばれる一種の回線文は饕餮文や鳥獣文を浮きたたせる地文になっているが,古いものではむしろ饕餮の体軀そのものを形成している。…
※「饕餮文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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