精選版 日本国語大辞典 「甲骨文」の意味・読み・例文・類語
こうこつ‐ぶん カフコツ‥【甲骨文】

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…後の周の人びとが殷とよぶようになるが,その理由は明らかではない。
[歴史]
殷王朝は,《史記》によると成湯天乙(いわゆる湯王,甲骨文では唐,大乙とよぶ)が,夏王朝の桀(けつ)王を倒して滅ぼし,創設したといわれる。夏王朝の存在は確認されないが,甲骨文の発見によって殷の存在は確認され,王系による逆算と,考古学的年代測定とにより,大乙による王朝の創立は前17世紀末もしくは前16世紀初と推定されるに至った。…
…従来,研究の対象としてはあまり顧みられなかった劇文学の研究を開拓し(《宋元劇曲史》),また詞の批評《人間(じんかん)詞話》は人口に膾炙(かいしや)している。しかし亡命後は羅振玉の勧めによって中国古典の学問に精進し,羅振玉を助けて甲骨文,金文,敦煌出土の簡牘(かんとく)など,当時はじめて世に現れた史料の整理と研究に専念した。彼は古典を駆使し,清朝考証学の流れをくむ精密な分析と抜群の着想によってこれらの新史料を解読し,史学をはじめとするあらゆる分野で多くの新知見を発表したが,なかでも注目されるのは殷墟出土の甲骨文に関する一連の研究である。…
…甲骨文を研究する学問のこと。甲骨文とは,中国の殷代に亀甲や牛の肩甲骨に文字を彫って記録した文。…
…ところが20世紀に入って,膨大な古文書群があいついで発見された。すなわち(1)殷代で占いに使われた甲骨文,(2)漢・晋の木簡,とくに西北辺境の居延から出土した居延漢簡,(3)4~11世紀初の敦煌文書および西域文書,なかでも6~8世紀のトゥルファン文書,(4)清朝宮廷に保管されていた公文書類,いわゆる明清檔案(とうあん)である。いずれも発見されるごとに学界の注目を集め,多数の学者が研究を行い,甲骨学,簡牘(かんどく)学,敦煌学という名称も生まれた。…
…そのなかで前5000年ないし前4000年の新石器文化に属する西安半坡(はんぱ)遺跡から見つかったものが最も古いとされている。しかし,これがはたして後の甲骨文字に直接結びつくものであるかどうかについては,まだ資料が少ないので確認することができない。 今日,われわれが確認することのできる最古の漢字は殷代の甲骨文である。…
…字は彦堂。北京大学卒業後,1928年に中央研究院歴史語言研究所研究員となって李済とともに安陽殷墟の発掘を主宰,甲骨文の研究にとりくむ。《大亀四版考釈》(1931),《甲骨文断代研究例》(1932)で甲骨文編年の基礎をつくり,これを発展して殷代の暦法を復元した大著《殷暦譜》(1945年)の画期的な業績をはじめ,30余年間に発表した論文,著書は数多く,甲骨学の開拓者として大きな足跡を残した。…
※「甲骨文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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