高天原系神話(読み)たかまがはらけいしんわ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「高天原系神話」の意味・わかりやすい解説

高天原系神話
たかまがはらけいしんわ

記紀神話のなかの、高天原を舞台として語られている神話。また皇祖の神々が高天原にあり、伊弉諾・伊弉冉尊(いざなぎいざなみのみこと)の二神が、その司令によって国土や自然、文化の諸神を生む神話をいう。記紀神話はともに奈良初期に最終的な編集を終えたが、その編集の目的は、その時点での皇統の正当性と尊厳性を示すものであった。その神話の世界は、海上来臨などの若干の水平的表象を残しているが、根本は、〔1〕天上の高天原の世界、〔2〕地上の葦原中国(あしはらのなかつくに)の世界、〔3〕地下の根国(ねのくに)の世界、という三層の垂直的表象の観念によって貫かれている。天上の高天原なる神々の世界は、それまで日本民族がもたなかった観念であり、中国の影響を受けて成立したものである。

 持統(じとう)天皇諡号(しごう)(おくり名)のなかには高天原の語が含まれており、記紀神話は皇統の尊厳性の基盤をこの高天原に置いた。これは、具体的には、太陽神を皇祖化した天照大神(あまてらすおおみかみ)が高天原の主神となり、その弟の素戔嗚尊(すさのおのみこと)が高天原を追放されて根国の主神となり、さらに素戔嗚尊の試練を受けてその娘を妻とし、命ぜられて葦原中国の主となった大国主命(おおくにぬしのみこと)が、やがて天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に国土の支配を譲るという記紀神話の構想のなかに確認することができる。したがって高天原系神話は、記紀神話群中もっとも重要な意義をもつ。『古事記』は冒頭の「天地初発之時(あめつちのはじめのときに)」のあとに、ただちに、高天原なる世界と、中国の天帝を翻案・神格化した天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の出現を説く。つまり、文化水準の高い異国の未知の観念をもって超越的尊厳を示そうとしたのである。続いて、多数の氏族の祖神となっているムスヒの神のなかの代表的二神である、天照大神以前の皇祖神の高御産巣日神(たかみむすびのかみ)と、出雲(いずも)系の御祖神(みおやがみ)である神産巣日神(かみむすびのかみ)を天之御中主神に加え、計三神として提示する。この記述は、『日本書紀』の一異伝の「又曰(またいわく)」にだけ例をみる記独自の発想であり、皇祖の超越的尊厳を直截(ちょくせつ)かつ明快に基礎づけるものである。一方多くの異伝をあげる紀は、資料性に富むが、編集の目的に沿った姿としては、高天原に天之御中主神を置いた記の表現のほうが、紀より一歩進んだものであり、さらに既存のムスヒ信仰を抱き合わせた体裁は、記の説得力に富む統合性を示している。そこで、以下、記の展開に従って高天原系神話の内容をたどってみる。

 まず先の冒頭三神に、可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこじのみこと)と天之常立神(あめのとこたちのかみ)が加えられ、この五神が別天神(ことあまつかみ)と名づけられる。これに神世七代(かみよななよ)が続き、その末端に伊弉諾・伊弉冉尊二神の出現があるが、ここには、この二神の出現まで3、5、7の聖数でその構成を整えた『古事記』の意図をみることができる。さて、記紀神話で事実上創世神の働きを示すのは伊弉諾・伊弉冉尊であり、この二神のとくに重要な部分は、国生みおよび神生みの神話である。これらの神話が天神(あまつかみ)の命を受けて行われたこと、生み出された国が大八洲国(おおやしまぐに)とよばれていることは重要で、国生みが天神の命で行われたことは、国土の存在の根源が天神に依拠していることを意味し、後の大国主命に対する国譲り交渉がきわめて妥当な権利に基づくことの伏線となっている。大八洲国の称の初出は天武(てんむ)天皇12年(683)正月の詔(みことのり)で、『公式令(くうじきりょう)』では朝廷の大事に用いる国家の称としており、国生み神話は単なる国土の起源を語るものではなく、支配領域の確立という政治的主張をも含んでいる。国生みに続く神生みは、自然や生活にかかわる神々が二神より生み出される神話で、神々の誕生は素戔嗚尊や大国主命の系譜にも記述されている。この神生み条の記述は、天神のもとに直接神々を統括するという意味があり、国家の神祇(じんぎ)政策の基本に沿う神話といえよう。この条の最後に火神が誕生するが、これに続き、火神を生んだために黄泉国(よみのくに)に退去した伊弉冉尊と、これを訪れた伊弉諾尊との間におこる断絶が語られて神話は終わる。このことは、神々の創造的活動が終わると同時に、火神の誕生によって文化の時代が開始されることを意味する。そして黄泉国より帰った伊弉諾尊の禊(みそぎ)により、文化の時代を主導する三貴子(天照大神、月読命(つきよみのみこと)、素戔嗚尊)が誕生する。その三貴子のうちの天照大神と素戔嗚尊とが行う誓約(うけい)神話は、天照大神の子の天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)の誕生と、素戔嗚尊を勝利者とすることを目的として語られる。この結果、尊(みこと)は勝ちに乗じて農業社会の秩序を乱す天津罪(あまつつみ)を犯し、天照大神は恐れて天岩戸(あめのいわと)にこもってしまうが、この進展のなかには高天原における天照大神と素戔嗚尊との対立の姿がみいだせる。天照大神の岩戸籠(こも)りによって全世界は暗黒となるが、神々は種々の呪術(じゅじゅつ)や祭事、謀計によって天照大神の引き出しに成功し、ふたたび全世界に光明がもたらされる。この岩戸神話は、天照大神の主宰神たる存在の再確認、およびその偉大さの具現という効果を発揮しており、ここに高天原の主権は揺るぎのないものとなる。そして、罪の権化(ごんげ)として乱行を働いた素戔嗚尊は諸神の決議によって根国に追放され、高天原系神話は幕を閉じることになる。

[吉井 巖]

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