鵜祭(読み)ウマツリ

  • うのまつり

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石川県羽咋(はくい)市の気多(けた)神社で12月16日に行われる祭り。明治以前は11月の中の午(うま)の日であった。七尾(ななお)市鵜浦(うのうら)の鹿渡島(かどしま)という村落から、鵜捕部(うとりべ)の系譜を引く人々が、当番として3戸があたり鵜を献上する。とらえた鵜は鵜籠(うかご)に入れられて神饌所(しんせんしょ)に置かれ、当日午前3時から祭事が執り行われる。祝詞(のりと)奏上、寝覚めの神楽(かぐら)の小太鼓ののち、神官と鵜捕部との間に問答が交わされる。そして鵜捕部が神前で鵜を放ち、本殿内の案(つくえ)(神前の机のこと)の上に止まったとき、すばやく神官が2人して斎柴(いみしば)でこれを押さえる。とらえた鵜を下にいる神官に渡すと、渡された神官は抱いて拝殿の外へ出、一ノ宮海岸でこれを放ち、後ろを見ずに戻る。もし鵜が内陣に入らぬときは、清めの祓(はらい)と清めの神楽を行う。鵜の鳥の色が白か黒か、あるいは案に止まる・止まらぬで豊凶を占う風習がある。

[萩原秀三郎]

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精選版 日本国語大辞典の解説

謡曲。脇能物。金春流。作者未詳。勅使が能登国(石川県)気多明神の神事に下向すると、気多明神、八尋五殿神や生贄の鵜が現われる。
〘名〙 石川県羽咋市の気多(けた)神社で、一一月の上また中の午(うま)の日(明治五年以後は一二月一六日)に行なう祭礼。鵜を神前の階上に放ち、内陣に入るのを捕えて、再び海浜に放つ。この階上での鵜の進み方によって、翌年の豊凶、禍福を占う。

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世界大百科事典内の鵜祭の言及

【ウ(鵜)】より

…ウを黒焼きにしてのめば魚の骨がのどに刺さったのが抜けるというのも,鵜のみにしてものどにさわらぬということからきた。古くはこの鳥を神占に利用したらしく,能登一宮の気多神社の鵜祭では,12月16日神人がウを神前に放って,その挙動で吉凶を判断する。鵜飼い【佐々木 清光】。…

【鵜飼い】より

…記紀の豊玉姫神話には,海辺にウの羽でふいた産屋をたてることがみられる。また石川県羽咋(はくい)市の気多(けた)神社で12月16日に行われる鵜祭は,七尾湾で捕らえたウミウを祭祀の聖なる料として祭神である大己貴(おおなむち)大神にささげることで知られている。《古事記》の国譲り神話によると,櫛八玉神がウに姿をかえて海にもぐり,海底の土で御贄(みにえ)をもる器をつくり,大己貴大神に天真魚咋(あまのまなぐい)を献じたとある。…

【気多神社】より

…例祭は4月3日。このほか3月18日より23日まで2市5町を渡御する平国(くにむけ)祭,12月16日の早暁に生きたウを神前に放って本殿へ進める鵜祭等の特殊神事がある。社蔵文書約3000点のうち後奈良天皇女房奉書は重要文化財に指定されている。…

※「鵜祭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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