鹿島 守之助
カジマ モリノスケ
- 肩書
- 参院議員(自民党),鹿島建設社長
- 旧名・旧姓
- 旧姓=永富
- 生年月日
- 明治29年2月2日
- 出生地
- 兵庫県揖西郡半田村(現・揖保郡揖保川町)
- 学歴
- 東京帝大法学部政治学科〔大正9年〕卒
- 学位
- 法学博士(東京帝大)〔昭和9年〕
- 経歴
- 大正9年外務省入省。駐ドイツ大使館、駐イタリア大使館勤務後、本省で日英外交文書、日米外交文書の研究に従事。昭和2年鹿島組社長・鹿島精一の婿養子となる。5年退官し、11年鹿島組(のちの鹿島建設)に入社、13年社長に就任。32年会長となる。経営革新に采配をふるい、建設業の古い体質の一掃による近代化に成果をあげた。この間、28年自由党から参院議員に初当選、以来3期つとめ、32年に岸内閣の北海道開発庁長官に就任。26年より拓殖大学教授も務める。41年には鹿島平和研究所を設立。また、研究・著述活動にも精を出し、著書は「日本外交史」(全34巻)「日本の外交政策の史的考察」「日英外交史」、「鹿島守之助外交論選集」(全12巻・別巻3 鹿島研究所出版会)など多数。48年文化功労者。
- 受賞
- 日本学士院賞〔昭和34年〕「日英外交史および日本外交政策の史的考察」 文化功労者〔昭和48年〕
- 没年月日
- 昭和50年12月3日
- 家族
- 妻=鹿島 卯女(鹿島建設社長) 長男=鹿島 昭一(鹿島建設社長) 娘=平泉 三枝子(鹿島平和研究所常務理事)
出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報
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鹿島 守之助
カジマ モリノスケ
昭和期の実業家,政治家,外交史研究家 鹿島建設社長;参院議員(自民党)。
- 生年
- 明治29(1896)年2月2日
- 没年
- 昭和50(1975)年12月3日
- 出生地
- 兵庫県揖西郡半田村(現・揖保郡揖保川町)
- 旧姓(旧名)
- 永富
- 学歴〔年〕
- 東京帝大法学部政治学科〔大正9年〕卒
- 学位〔年〕
- 法学博士(東京帝大)〔昭和9年〕
- 主な受賞名〔年〕
- 日本学士院賞〔昭和34年〕「日英外交史および日本外交政策の史的考察」,文化功労者〔昭和48年〕
- 経歴
- 大正9年外務省入省。駐ドイツ大使館、駐イタリア大使館勤務後、本省で日英外交文書、日米外交文書の研究に従事。昭和2年鹿島組社長・鹿島精一の婿養子となる。5年退官し、11年鹿島組(のちの鹿島建設)に入社、13年社長に就任。32年会長となる。経営革新に采配をふるい、建設業の古い体質の一掃による近代化に成果をあげた。この間、28年自由党から参院議員に初当選、以来3期つとめ、32年に岸内閣の北海道開発庁長官に就任。26年より拓殖大学教授も務める。41年には鹿島平和研究所を設立。また、研究・著述活動にも精を出し、著書は「日本外交史」(全34巻)「日本の外交政策の史的考察」「日英外交史」、「鹿島守之助外交論選集」(全12巻・別巻3 鹿島研究所出版会)など多数。48年文化功労者。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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鹿島守之助 かじま-もりのすけ
1896-1975 昭和時代の経営者,政治家。
明治29年2月2日生まれ。鹿島精一の娘婿。外務省勤務後,昭和11年鹿島組(現鹿島)に入社,13年社長となる。28年参議院議員(当選3回,自民党)。第1次岸内閣の北海道開発庁長官。34年学士院賞。48年文化功労者。昭和50年12月3日死去。79歳。兵庫県出身。東京帝大卒。旧姓は永富。著作に「日英外交史」「日本外交史」など。
【格言など】仕事のムダ,ムリ,ムラの三つの「ム」を省け
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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鹿島 守之助 (かじま もりのすけ)
生年月日:1896年2月2日
昭和時代の実業家;政治家;外交史研究家。鹿島建設社長;参議院議員
1975年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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