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黙庵霊淵 もくあんれいえん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

黙庵霊淵
もくあんれいえん

[生]?
[没]至上5(1345)頃
南北朝時代の禅僧。余技に水墨画をよくした。 14世紀前半に中国,元に渡り,禅僧として高位に上ったが現地で没した。室町時代の舶載画便覧ともいうべき『君台観左右帳記 (くんだいかんそうちょうき) 』には元時代の画家として記載されている。

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デジタル大辞泉の解説

もくあん‐れいえん【黙庵霊淵】

[?~1345ころ]鎌倉後期から南北朝時代の画僧。本名、是一。嘉暦(1326~1329)ごろ元に渡り、参禅のかたわら水墨による道釈画を描き、牧谿(もっけい)の再来と称された。中国で客死。その遺作は日本にももたらされて珍重されたが、近世まで元の人と誤認されていた。作「布袋図」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黙庵霊淵 もくあん-れいえん

?-? 鎌倉-南北朝時代の画僧。
見山崇喜(けんざん-すうき)の弟子。嘉暦(かりゃく)(1326-29)のころ元(げん)(中国)にわたり,楚石梵琦(そせき-ぼんき)らに師事して首座(しゅそ)にのぼった。貞和(じょうわ)元=興国6年(1345)ごろ客死。その水墨画は中国僧の作品として日本にもたらされた。作品に「布袋(ほてい)図」(月江正印賛),「四睡図」(祥符紹密賛)など。

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世界大百科事典 第2版の解説

もくあんれいえん【黙庵霊淵】

?‐1345(興国6∥貞和1)
鎌倉末期~南北朝時代の禅僧で,日本の初期水墨画の重要な作家の一人。はじめ,(黙庵)是一といったが,鎌倉の浄智寺で,無学祖元の法嗣である見山崇喜に師事し,法諱(ほうき)を霊淵に改めた。この改名については,弟子に〈霊〉の系字を与えた帰化元僧清拙正澄(せいせつしようちよう)によるものではないかとの説もある。嘉暦年間(1326‐29),元に渡り,明州の天童景徳禅寺の雲外雲岫(うんがいうんしゆう)の門に入り,ついで平石如砥(へいせきによし),育王山広利禅寺の月江正印(げつこうしよういん)に歴参し禅の修行を積み,秀州本覚寺了庵清欲の下で蔵主(ぞうす)となり,1344年楚石梵琦(そせきぼんき)の会下で首座(しゆそ)の職に上った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

黙庵霊淵
もくあんれいえん

生没年未詳。14世紀ごろ中国で活躍した日本人水墨画家。本名は是一。鎌倉浄智(じょうち)寺の見山崇喜(けんざんすうき)の弟子となり、霊淵と改名。嘉暦(かりゃく)(1326~29)ごろ元に渡り、天童山の平石如砥(へいせきにょし)、育王山の月江正印(げっこうしょういん)、寿山本覚寺の了庵清欲(りょうあんせいよく)や楚石梵(そせきぼんき)らの名僧に参禅した。臨安の浄慈寺にいたときよりすでに能画家として知られ、たまたま西湖六通寺(りくつうじ)に遊んだおり、そこの院主より当寺の開山、牧谿和尚(もっけいおしょう)の再来といわれ、その遺印を授かった。その絵は禅の余技的制作として出発したと思われるが、やがて1344年(至正4)楚石のもとで「二十二祖像」のような大作を描いていることから、画僧として本格的な活動をしたとみられる。45年ごろ中国で没す。遺作は日本にもたらされたが、長く黙庵を中国人と見誤っていた。その作品は多くが水墨の道釈人物画で、しかも前記の元代の名僧たちの賛があるところに特色がある。代表作に『四睡(しすい)図』(東京・前田育徳会)、『布袋(ほてい)図』(静岡・MOA美術館)などがある。[榊原 悟]
『渡辺一著『東山水墨画の研究』(1985・中央公論美術出版) ▽金沢弘著『日本美術絵画全集1 可翁/明兆』(1977・集英社)』

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