ALPS処理水(読み)あるぷすしょりすい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ALPS処理水」の意味・わかりやすい解説

ALPS処理水
あるぷすしょりすい

2011年(平成23)3月の福島第一原子力発電所事故により発生した高濃度放射性核種を含んだ汚染水から、トリチウムを除く放射性核種ALPSなどにより除去し、国の排出基準まで浄化処理した水。ALPSはAdvanced Liquid Processing Systemの略語で、直訳すると高度液体処理設備となるが、和文名は多核種除去設備とされており、英文名とかなり異なる。

 福島第一原子力発電所では、2011年3月の東日本大震災に伴って起こった炉心溶融事故により、1~4号機建屋(たてや)地下に高濃度の放射性核種を含む滞留水が発生した。この滞留水を浄化するには、東芝セシウム吸着装置SARRY(サリー)により、おもに放射性のセシウムを除去し、除去前の数万分の1の濃度に浄化する(当初運用されたアメリカ・キュリオン製セシウム吸着装置KURION(キュリオン)は待機状態にあり、SARRYが停止した場合に限り運用される計画下にある)。この処理水はさらに淡水化装置(逆浸透膜方式)により約4割が淡水、約6割が濃縮水に分離され、淡水は事故炉の冷却に再利用される。この濃縮水中に存在する62核種を、排水中の告示濃度比総和が1未満(個々の核種濃度の法定濃度限度に対する比の和を告示濃度比総和といい、これが1を超えないことが法令の排出条件)に浄化する目的で、東芝と日立によりそれぞれ開発されたのがALPSである。ただし、水素の放射性同位体であるトリチウム(3HまたはT)はトリチウム水(HTO)として存在し、ALPSでも除去できない。

 ALPSの運用開始は2013年3月であった。これは東芝製(既設ALPSとよばれる)で、1日当り1系統で250トン、3系統で750トン浄化できる。しかし、導入から1年間以上トラブル続きで、稼働率は非常に低かった。ヨウ素129やルテニウム106などの除去性能不足も確認された。これらの核種の除去性能改善のため吸着材を変更し、吸着塔を増やしたのが増設ALPSである。当然、既設ALPSも同様に改善された。増設ALPSの運用開始は2014年9月で、処理能力は、系統数を含め既設ALPSと同じである。貯蔵タンクに保管する濃縮水の浄化を急ぐため、2014年10月には日立製ALPS(高性能ALPSとよばれる)も導入された。高性能ALPSは1日当り400トン(当初は500トンであったが、2022年に変更された)浄化できる。2014年秋以降、これら3種類のALPSを運用することにより、濃縮水の浄化は進んだが、それでもこの時期の平均稼働率は50~60%にすぎなかった。

 既設ALPSと増設ALPSによる核種除去の基本構造はほぼ同じである。核種除去工程は、吸着阻害イオン(マグネシウムイオンMg2+、カルシウムイオンCa2+など)を除去する前処理(凝集沈殿方式)工程と、コロイド状核種吸着材(活性炭)、ストロンチウム吸着材、セシウム吸着材、ヨウ素吸着材、ルテニウム吸着材などを充填(じゅうてん)した15~16塔の吸着塔による吸着工程からなる。高性能ALPSは廃棄物量を減らすため、前処理工程を凝集沈殿方式からフィルター方式に変更し、吸着工程は15~16塔の吸着塔からなる。各吸着塔は浄化能力の低下が確認されると容易に交換できる仕組みになっている。

[野口邦和 2024年1月18日]

海洋放出

ALPSで浄化された水は、福島第一原子力発電所敷地内のタンクに貯蔵されている。しかし、タンク増設の余地がなくなったことや、今後廃炉作業に伴う場所の確保も必要なことから、2021年(令和3)4月、政府はタンク内のALPS処理水を海洋に放出する方針を決定。2023年8月、東京電力はALPS処理水の海洋放出を開始した。

 ALPSの核種除去性能は、セシウム137が浄化前の濃度の数万分の1、ストロンチウム90が同1億分の1~10万分の1、ヨウ素129およびルテニウム106が同約100分の1であり、その他の核種も排水中の法定濃度限度を十分に下回っている。しかし、2023年9月末時点では、トリチウムを除く核種の告示濃度比総和が1未満のALPS処理水は全体の35%にすぎない。政府と東京電力は、残り65%の告示濃度比総和が1以上のものを「処理途上水」とよび、ALPS処理水と厳格に区別している。処理途上水は、海洋放出する前に二次処理設備(ALPSなど)により告示濃度比総和が1未満になるまで浄化される。すなわち、海洋放出の対象となるのは、「トリチウムを除く核種の告示濃度比総和が1未満になるまで浄化されたALPS処理水と二次処理水」である。なお、告示濃度比総和が1以上の処理途上水が発生した原因は、ALPSの運用開始初期に続発したトラブル、前処理工程のフィルターの不具合等により十分処理できなかった水がALPS処理水と混合したこと、敷地境界における線量を年1ミリシーベルト未満(法令上の義務)に低減させるため浄化能力低下を確認しながらも吸着塔を交換することなくALPSの運用を優先させたことなどである。

 トリチウムを除く核種の告示濃度比総和が1未満になるまで浄化されたALPS処理水および二次処理水は、トリチウム濃度を排水の法定濃度限度(告示濃度)の40分の1の、1リットル当り1500ベクレル未満になるまで海水で希釈し、海洋放出される。希釈により、トリチウムを除く核種の告示濃度比総和はよりいっそう低くなる。また、福島第一原子力発電所のトリチウムの総排出量は年22兆ベクレルと上限が決められているが、これは通常の放射線施設からの排水より厳しい制限枠である。このとおりに排水されるならば、国際原子力機関(IAEA)包括報告書が指摘するように「人および環境に対し、無視できるほどの放射線影響」でしかないといえる。しかし、実施主体は東京電力であり、同社と地元住民、漁業関係者、農業関係者など利害関係者との間の信頼関係が十分構築されていないため、海洋放出に反対する声も根強くある。

[野口邦和 2024年1月18日]

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