ドイツの物理化学者。原子価に関する〈アベックの規則〉の提唱者。ダンチヒ(現,グダンスク)に生まれ,チュービンゲン,ベルリン等の大学で学ぶ。1894年ゲッティンゲン大学のW.H.ネルンストの助手,99年ブレスラウ(現,ブロツワフ)工科大学准教授,1909年には正教授となるが,翌年気球事故で死亡。氷点降下理論(1894)や誘電率,輸率,拡散などについての実験的研究があるが,原子価論において重要な寄与をする。周期律に沿って各元素の原子価を総合的に見なおし,常原子価(陽性の元素が正の荷電,陰性の元素が負の荷電をもつ場合の原子価)と逆原子価(前者の逆の場合)の概念を提出した(1904)。両者の絶対値の和はどの族でも8となり(アベックの規則),後の八隅説の基礎となった。
執筆者:肱岡 義人
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