翻訳|cross
2本またはそれ以上の線が交差している図形の総称。古くから宗教的象徴として用いられてきたもので,その形状により主として次の4種類に分けられる。
(1)中心から広がる4本の線の長さが等しい正十字(またはギリシア十字),マルタ十字とよばれるものなど。この十字はアッシリアでは天空神アヌの象徴で,円と8本の光線を伴い太陽や星をあらわすものとしても使用され,ギリシアでは太陽神アポロンの象徴,ローマでは星の輝きをあらわすものとされた。青銅器時代から存在し,銅器やケルト人の宝飾類のデザインにも見られる。さらに南北アメリカ,特に中央アメリカで多く見られ,トルテカ族では天水を分配する神,北アメリカのダコタ族,ナバホ族では四方の風,太陽,星など,メキシコでは世界の中心である〈生命の樹〉(または〈宇宙樹〉),中国では四角の中の十字(漢字の田)として大地を象徴したものと考えられる。なお,2本の線が斜めに交差したものをアンデレ十字という。(2)正十字の下方の線が長く,上方の線が欠けているT十字,またはギリシア文字のT(タウ)と同形なのでタウ十字(またはアントニウス十字)とよばれるもの。この十字の起源は,上方に円形の取手のついたエジプト十字(または柄付き十字crux ansata)にあるといわれ,エジプトでは,生命の象徴アンクankhとして神,王,神官などの手に握られていて,不死の生命を与える護符としての機能をもっていた。エジプトからフェニキアに伝わり,さらにセム族全体に広まったもので,ギリシアでは女神アフロディテ,アルテミスの象徴であった。さらに北欧では,雷電と嵐の神トールのもつハンマーを意味し,破壊と新生,豊饒の象徴であった。(3)正十字の下方にのびている線が他の三つより長く,十字の中心がやや上方にあるラテン十字(またはローマ十字)。オリエントやギリシアで行われていた罪人の処刑方法にならって,イエスがこの形の十字架にかけられたことから(磔刑(たつけい)),復活と救済の象徴として,キリスト教徒の間に普及したもの。すべての穢(けが)れを祓うものとして,呪術的な力を持ち,悪魔祓いから家畜を疫病から守る焼印にまで使われた。初期には正十字もT十字も用いられたが,正十字は東方正教会,T十字はケルト人の間にのみ用いられるようになった。西欧では主としてラテン十字が使われてきたが,十字架上のキリスト像が普及したのは,17世紀以降である。ラテン十字の変形としては,横の線が2本のロレーヌ十字,下に台の付いた台付き十字などがある。(4)正十字の線の末端が曲がっている鉤十字,またはギリシア文字のガンマが四つ組んだ形なので,ガンマテ十字,ガンマディオンgammadionとよばれるもの。インドではスワスティカ,日本では〈卍(まんじ)〉とよばれている。古代では,正十字に次いで最も広く用いられており,右旋と左旋があり,右旋は白魔術,吉祥,進行など,左旋は黒魔術,降魔,退行などを意味する。なお,鉤十字の一種でよく知られたものにナチスの標章ハーケンクロイツHakenkreuzがある。
このように十字は太陽,月,星,空,水,火,風,大地,雷電,生命の樹,豊饒,破壊と創造,復活と救済,吉祥,繁栄,超越,中心,統合などの象徴として古代から最も広く用いられてきた図形であり,方向性と中心を示すことによって,混沌から秩序を生みだす機能をもつものと考えられる。C.G.ユングは,このように普遍的にみられる十字表象は,人間の心の深層における所産であり,元型的な性格をもつとした。
→十字架
執筆者:秋山 さと子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
「十」の字の形をしたしるし。キリスト教の十字架をはじめ、宇宙原理などを象徴するものとして世界的に広くみいだされる。
古代シュメールおよびヒッタイトでは文字として用いられ、エジプトおよびアッシリアの王または聖職者は、その着衣の飾りに使っていた。漢字では、単に数を表すばかりでなく、まとまりをもつ完備した数であることから完全の意味を表す。
バビロニアでは天の神アヌ神、ギリシアでは太陽神アポロの、それぞれ象徴とされた。このように十字は、天・太陽はもとより、法・中心・宇宙の最高原理、地上と天界とを結ぶ生命の木などを表すことが多い。また、男女の結合を示したり、多産・豊饒(ほうじょう)を意味する象徴として、古代メキシコのほか各地で用いられている。インドでは、その変形である「卍(まんじ)」の右回りになったものをスバスティカsvastikaといって男性原理、左回りになったものをサウバスティカsauvastikaといって女性原理を示した。これは、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教においても用いられ、日本には仏教とともに伝えられ仏教や寺院の記号となった。
ドイツのナチスは「卍」を民族結合の象徴として用いた。心理学者のユングは、十字は秩序を象徴し、人間の心の深層にもあまねく存在する原型的なものであるとみなした。
[鈴木範久]
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…十字状の道を意味する平安時代の言葉〈十字〉に由来し,その意を表す国字としてつくられた〈辻〉の意味が分化したものであって,細道(《名語記》),小路(《節用集》),ついで横町(《日葡辞書》)の意味にも用いられた。古くは十字,ついで辻,辻子と書かれ,室町時代以降になると図子,通子,厨子,途子などの用例もある。…
※「十字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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