実業家、政治家。西武鉄道、西武百貨店など有数の企業を擁す今日の西武グループの創始者。滋賀県生まれ。1913年(大正2)早稲田(わせだ)大学政経科卒業。1917年以降、軽井沢と箱根の土地・観光開発を始め、沓掛(くつかけ)遊園地(株)、箱根土地(株)を設立。関東大震災(1923)後は東京近郊で宅地開発、学園都市の建設を手がけたのを皮切りに、多摩湖鉄道を設立して鉄道界に進出し、その後も駿豆(すんづ)鉄道、武蔵野(むさしの)鉄道、旧西武鉄道を手中に入れ、1945年(昭和20)これらを合併して現在の西武鉄道とした。1924年(大正13)衆議院初当選。戦後も1952年(昭和27)改進党から立候補して当選、1953年から1年半衆議院議長を務めた。
[浅野俊光]
『筑井正義著『堤康次郎伝』(1955・東洋書籍)』▽『由井常彦編著『堤康次郎』(1996・エスピーエイチ)』▽『『私の履歴書 経済人1』(復刊・2004・日本経済新聞社)』▽『大西健夫他編『堤康次郎と西武グループの形成』(2006・知泉書館)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…経営の実態はほとんど公開されていないが,事業の主体は全国のホテル,ゴルフ場,スキー場などのレジャー施設の総合的運営で,総売上高は1兆円と推定される(1996年度)。全国に保有する約1億5000万m2の土地が事業の基盤となっているが,その大半は義明の実父,堤康次郎(元衆議院議長。1889‐1964)が大正半ば以来,買い集めたものである。…
…この間,合併・系列化がしばしば株の買占め,乗っ取りといった強引な手段をともなったところから〈強盗慶太〉の異名をとった。44年には東条英機内閣の運輸通信大臣に就任し,第2次大戦後は一時公職追放となったが,54年には東急の会長に就任,箱根その他の観光開発をめぐって,西武の堤康次郎と激しい対立・抗争を展開し,世間の注目を集めた。【野田 正穂】。…
※「堤康次郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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