承徳三年(一〇九九)二月、因幡守として任地に赴いた平時範は同月一五日に国府に到着すると、介久経を召して神拝の打合せを行い、「宇倍宮」の神馬に充てるため馬に潔斎させている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鳥取市国府(こくふ)町に鎮座。武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)を祀(まつ)る。創建年代不詳。848年(嘉祥1)従(じゅ)五位下を授けられ、官社に列し、のち昇格し、878年(元慶2)正三位(しょうさんみ)となる。延喜(えんぎ)の制で名神(みょうじん)大社、のち因幡(いなば)国一宮(いちのみや)。中世以降に武家が尊崇、近世には藩主池田氏が崇敬して神領30石を寄進した。明治の制で国幣中社となる。例祭4月21日の神幸祭には武者行列、奴(やっこ)の舞が列を連ね、当地方特有の麒麟獅子舞(きりんししまい)(県指定無形民俗文化財)が奉納される。本社後ろの亀金丘(かめがねのおか)は、祭神が当国へ下向のとき履(くつ)を残していった霊地と伝える。
[鎌田純一]
鳥取市に鎮座。武内宿禰(たけうちのすくね)命をまつる。本社うしろの亀金丘(かめがねのおか)は古墳とみられるが武内宿禰が当国へ下向のとき,二つの履をのこして身をかくしたところと伝承する。《続日本後紀》に848年(嘉祥1)7月,国府の西に失火のあったとき,国司の祈願で火のやんだ功で従五位下に叙し,官社に列したとあるが,以後昇叙し,878年(元慶2)正三位となり,延喜の制で名神大社,のち因幡国の一宮とされ,また総社も兼ねた。戦国末期に山名氏が崇敬して保護し,江戸時代には因幡藩主池田氏が保護,光政が30石の社領を寄進した。1871年(明治4)国幣中社となる。例祭4月21日。騏驎獅子が伝えられている。
執筆者:鎌田 純一
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