被虐待児症候群(読み)ひぎゃくたいじしょうこうぐん(その他表記)Battered child syndrome

六訂版 家庭医学大全科 「被虐待児症候群」の解説

被虐待児症候群
ひぎゃくたいじしょうこうぐん
Battered child syndrome
(子どもの病気)

どのような病気か

 被虐待児症候群は、親や世話する人によって引き起こされた、子どもの心身の健康障害であり、大人に傷つける意図がなくても、子どもに有害なら虐待とみなします。子どもも親も治療の対象ですが、自ら治療を求めないことが多いために、児童虐待防止法で、気づいた者に通告義務を課し、児童相談所に子どもを保護し親を指導する権限を与えています。

 一般に、次の4型に分類されます。

①身体的虐待:殴る・()る・首を締める・水につける・たばこを押しつける・毒物を与えるなどの暴力を振るうこと。

②ネグレクト:食事・清潔・保温・医療・教育などの必要なケアを行わないこと。

③心理的虐待:心を傷つけるような言葉や、差別扱いや、子どもの心を無視するなど。夫婦間暴力も子どもへの虐待になります。

④性的虐待:子どもを性の対象として利用すること。性行為を見せることやポルノ写真をとるなども含まれます。

症状の現れ方

 外傷は、乱暴による直接の外力や、その時に倒れたりぶつかったりしたために起こります。それほど力を込めたつもりはなくても、子どもの体は脆弱(ぜいじゃく)で、重い外傷を及ぼします。発育障害は栄養不足によることが多いのですが、ストレスのための成長ホルモン分泌不全によることもあります。

 発達の遅れや学習能力の低下は、発達刺激が不適切なためや、ストレスのために学習に集中できないことが原因になります。心身症(しんしんしょう)や情緒行動問題は、恐怖心や不安や慢性ストレスによって生じます。

 死亡に至ることもまれではなく、とくに乳児では高率になっています。最多の死因は頭蓋の外傷です。乳児を強く揺すると、首の筋が弱いために頭部が前後左右に揺れ、頭蓋内の血管が切れて出血が起き(乳幼児揺さぶられ症候群)、死に至ります。死には至らなくても、脳性麻痺(のうせいまひ)知的障害、視力障害を残します。

 他の死因は、腹部を蹴ったり踏んだりして起こる内臓の破裂、首をしめたり水に沈めることによる窒息(ちっそく)などです。また、ネグレクトでは飢餓(きが)脱水症、医療を受けないこと、事故を予防しないことが死につながります。

 そして、たとえ目に見える後遺症がなくても、自尊感情や人への信頼感がもてなくなり、親となった時にわが子を虐待する可能性が高くなります。

原因は何か

 子どもの症状のすべてが、親が行ったことの直接的または間接的、短期的または長期的な結果といえます。

 虐待が起きる時には、いつも以下の4つの条件がそろっています。

①親にとって育てにくい子ども:病気や障害があり手がかかる子ども、望まぬ妊娠、新生児期乳児期に離れていたために愛着をもてない子どもなどです。虐待が発達の遅れや情緒行動問題といった症状を引き起こし、さらに子育てを難しくします。

②過大な生活のストレス:育児の負担や、夫婦間の葛藤や不和、経済的な困窮、舅姑(きゅうこ)(夫または妻の父と母)関係などが累積します。

③心理社会的な孤立:育児の援助者がいなくて、孤立した育児です。

④虐待しやすい親の条件がある:親に育児が負担になるような慢性疾患や障害がある場合や、子ども時代に虐待されていたり、大人から愛された体験がない場合です。

検査と治療の方法

 子どもには心身の治療が必要です。まずは、外傷だけでなく、成長障害や発達の遅れ、情緒行動問題についての精密検査を行います。子どもの治療は、入院もしくは施設に入所して行うほうが短期間で改善します。また保育所や学校での長期的な取り組みも有効です。

 発達の遅れや情緒行動問題の治療には、専門家が長期にわたって関わることが不可欠です。虐待が起きなくなるためには、前記の4条件を改善していくことが必要であり、まずは相談者をつくることで親の孤立をなくすことから始め、次いで生活でのストレスの改善を図ります。

自分が虐待していると気づいたらどうする

 小児科医保健師、児童相談所に、「虐待してしまう」「殺してしまいそう」「世話するのが苦痛」と、勇気を出して率直に相談し、援助を求めてください。専門家に育児のつらさを話し、いっしょに育児の負担を減らす対策を立てることで、事態が少しずつ改善していきます。困難な育児条件のままで一人でがんばろうとすると、事態は悪化します。

小林 美智子

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「被虐待児症候群」の意味・わかりやすい解説

被虐待児症候群 (ひぎゃくたいじしょうこうぐん)
battered-child syndrome

親またはそれに代わる人から虐待されることで子どもに生ずる心身両面の障害。子どもはふつう3歳以下,ことに1歳以下が多く,(1)皮下出血切傷火傷などの皮膚症状,(2)全身各所の骨折脱臼,(3)頭蓋内出血硬膜下血腫,(4)臓器破裂や内出血など腹部の損傷,そして(5)成長発育障害などが多様に組み合わさって症候群を構成する。アメリカの小児科医ケンプC.H.Kempeらが全米にわたる調査をもとにこの概念を提唱したのは1962年で,それ以後,主として先進諸国での報告が相次ぎ,幼児虐待の増加傾向を示唆している。その背景としては,親の社会的未熟,情緒的不安定,過度の依存欲求などが挙げられるが,精神発達のおくれ,奇形,多動など,子どもの側の要因もからんでいる。日本でも昔から〈嬰児殺し〉の歴史があるが,この現象への社会的対応は鈍く,親が子どもから暴力をこうむる〈被虐待親症候群〉のほうがいわゆる〈家庭内暴力〉として関心を呼んでいる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「被虐待児症候群」の意味・わかりやすい解説

被虐待児症候群
ひぎゃくたいじしょうこうぐん

両親などの保護者からさまざまな肉体的虐待を受けた小児の臨床像を表す用語で、小児折檻(せっかん)に相当する医学用語。継子(ままこ)いじめによるものが多いと思われがちであるが、実際には実母によるものがいちばん多く、ついで実父、継父母の順となる。虐待者が幼児期に虐待された経験、不安定な結婚および経済状態、精神的問題などが背景因子として指摘されている。また、複数の子をもつ家庭では特定の子が対象となることが多く、子の側の因子として乳児期における別居、精神身体発育遅延などがあげられる。臨床的には頭部外傷、新旧さまざまな骨折や皮膚症状、発育・栄養障害などの多彩な症状を呈し、訴える原因と症状とが一致しない場合が多い。また、虐待者が虐待の事実をいうことはまずない。解決のためには、精神科医を含む各科の医師およびソーシャルワーカー(社会事業家)などが医療チームを組んで治療にあたると同時に、家庭の矯正を児童福祉関係者などと協力して行う必要がある。

[西本五蔵]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「被虐待児症候群」の意味・わかりやすい解説

被虐待児症候群
ひぎゃくたいじしょうこうぐん
battered child syndrome

親または他のおとなによって,子供に身体的あるいは精神的な傷が反復継続して加えられたときに起る種々の症状をいう。外傷としては,打撲傷,骨折,火傷が多くみられる。子供は性格的にもいじけて,情緒的な傷害を受け,攻撃的,拒否的な態度をとり,怒りっぽく落ち着きがなくなる。大部分は精神発達が遅れるが,ときには非常にませた行動をする。親に対する説得はほとんど効果がなく,親から子供を隔離して施設に収容したのち,養子縁組などの処置をとる。親の性格は情緒的に未熟で自制心に乏しく子供に対する要求水準も高い。そのため親の期待どおりに子供が行動できないと失望し,怒りの感情が生れて子供に粗暴な行動をとる結果になる。

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