内科学 第10版 「静脈血栓塞栓症」の解説
静脈血栓塞栓症(静脈系疾患)
定義・概念
静脈血栓塞栓症は,おもに上下肢深部静脈に生じる血栓による血流障害と,その血栓が塞栓となり生じる肺動脈の閉塞をまとめていうものである.したがって病態としては深部静脈血栓症(deep venous thrombosis)と肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism)に分けて考えられる.
原因・病因
古くから静脈系の血栓症はVirchowの3徴候(血液凝固能亢進,血流の停滞,血管内皮障害)に由来するといわれている.静脈血栓塞栓症のリスクファクターを表5-17-3に示す.肺血栓塞栓症の90%以上は下肢深部静脈血栓症からの塞栓であるといわれているので,リスクファクターも重複するものが多い.
疫学
深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症はわが国では少ないとされてきたが,近年の調査で年々増加していることが判明しており,肺血栓塞栓症患者は全国で年7000例程度の発症とされている.周術期では3000例に1例の肺血栓塞栓症が発症し,致死率は30%近くに及ぶとされている.
病態生理・臨床症状
前述のVirchowの3徴に合致するような病態において片側下肢の腫脹,浮腫,疼痛(緊満感)などが生じた場合,腸骨静脈から下腿静脈における血栓性閉塞を疑う.ただこのような症状は時間とともに側副血行路の発達により改善してくるが,血栓が静脈壁から遊離し肺血栓塞栓症が生じると胸痛,呼吸困難,冷汗,失神,動悸などが現れる.大きな血栓が中枢側肺動脈を閉塞すると,ショックから心停止に至ることもある.深部静脈血栓症発症後適切な治療が施されないと深部静脈や表在静脈の慢性的な弁不全が生じ,下肢静脈瘤,静脈うっ滞性下腿潰瘍などを生じてくる(静脈血栓後症候群).また長期間繰り返し肺血栓塞栓症が生じると肺酸素化能が低下し,肺高血圧から右心不全をきたすこともある(慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症).
検査成績・診断
深部静脈血栓症では血中Dダイマーが上昇する.また肺血栓塞栓症を生じると心エコーや心電図上右心負荷所見が現れるが,いずれも特異的ではない.深部静脈血栓症の確定診断を得るために最も有効な検査法は,静脈超音波検査である.カラードプラでの血流の有無,圧迫による静脈の虚脱の有無により血栓症を診断する.また腸骨静脈領域の深部静脈血栓症の場合は造影CT検査が診断に適している.静脈相で腸骨静脈の造影欠損があれば本症の可能性が高い.また同時に肺血栓塞栓症も診断できる(図5-17-6).
鑑別診断
下肢の腫脹をきたす疾患として最も鑑別が必要なものにリンパ浮腫がある.既往や超音波検査所見で鑑別可能である.また両側の腫脹をきたした際には心不全,腎不全,低アルブミン血症,甲状腺機能低下などを考慮する.
治療
静脈血栓塞栓症予防には弾性ストッキングの着用が最も簡便で有効な方法である.また周術期には抗凝固療法や間欠的下肢圧迫装置の装着なども有効である.深部静脈血栓症の急性期(約1週間以内)には肺塞栓の予防として安静のうえ注射剤での抗凝固療法を早期から開始する.そのうえで経口抗凝固薬(ワルファリン)を投与しPT INRが2.0前後に達する量に調整する.また早期から弾性包帯や弾性ストッキングを着用させて血栓後症候群の予防を行う.原因となる病態が除去された患者では6カ月ぐらいの抗凝固療法ののち中止することも可能であるが,原因の除去されない患者には出血のない限り長期投与が必要となる.急性の広範な肺血栓塞栓症では組織型プラスミノーゲンアクチベーターの全身投与やカテーテル治療による肺動脈内血栓溶解療法を施行することがある.またショック状態の患者は救命のために外科的肺血栓除去術を施行する場合もある.抗凝固療法が不可能な患者や周術期発症のリスクの高い患者に対しては下大静脈フィルターの留置を行うこともある.[駒井宏好]
■文献
安藤太三,他:肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン.Circ J, 68 (suppl 4): 1079-1134, 2004.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報