賃金統制(読み)ちんぎんとうせい(英語表記)wage control

日本大百科全書(ニッポニカ) 「賃金統制」の意味・わかりやすい解説

賃金統制
ちんぎんとうせい
wage control

労使が自主的に行うべき賃金決定に対して、国家介入し、賃金の上昇を規制することをいう。国民経済に大きな影響を与え、労働者生活の基盤となる賃金は、資本主義体制のもとでもしばしば規制されやすい。とくに戦争やインフレ時などには賃金統制が行われることが多い。賃金統制の方法には、労働基本権を否認したうえで法的強制力をもって直接賃金を統制する直接的統制と、法的強制力をもたない指針などによる間接的統制とがある。

 わが国においては、1937年(昭和12)の日中戦争勃発(ぼっぱつ)以降、戦事遂行を目的として直接的統制が行われた。すなわち、38年4月に公布された国家総動員法に基づいて、翌39年3月に第一次賃金統制令、同年10月に賃金臨時措置令、40年10月に第二次賃金統制令が公布された。戦後占領下においても、総合インフレ対策の一環として、業種別平均賃金1800円ベース設定(1947)、官公吏の給与水準2920円(1948)、あるいは赤字融資や補給金による賃上げを禁じた賃金三原則(1948)などの間接的賃金統制が行われた。また、国際労働機関(ILO)の「最低賃金決定機構の創設に関する条約」(26号条約)に基づいて、最低賃金法が1959年(昭和34)に制定され、最低工賃額を決定できる家内労働法が70年に制定されているが、これらも運用いかんによっては賃金統制の道具に転化するおそれなしとはいえないであろう。

 1960年代以降、先進資本主義諸国において、賃金をはじめとする諸所得と物価水準に対して政府が関与する所得政策がしばしば試みられているが、これは、1948年にイギリスにおいて労働党政府が行った賃金ストップ政策にすでにみられるし、61年における保守党の賃金規制政策はまさに賃金凍結であった。また、消費者物価上昇の抑制減税を政府が、賃上げ自粛を労働組合が、それぞれ紳士的に約束した75年の社会契約も、やはり一つの賃金統制であろう。

[小泉幸之助]

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改訂新版 世界大百科事典 「賃金統制」の意味・わかりやすい解説

賃金統制 (ちんぎんとうせい)
wage control

民間の経済活動に対する政府の介入と規制の方法は多種多様であるが,日本の米価決定にみられるような政府による直接的価格決定の方法は,直接統制と呼ばれている。政府が直接統制の形態を通じて民間賃金の決定に介入する事態が賃金統制であり,所得政策のような,法的強制力を伴わない団体交渉に対する単なるガイドラインは,賃金統制とは異なる。賃金統制は経済の安定を確保するために導入される場合が多く,とくにインフレーションの防止または終息を目的として行われる。したがって賃金統制政策は,永続的な性格をもたず,インフレ発生の危険性がなくなれば不必要となるし,インフレが終息すれば放棄される。戦時経済はインフレを発生させやすいので,戦時と戦争直後に賃金統制が導入されるのが普通である。

 日本の場合,1937年7月の日中戦争勃発以後,国家総動員法(1938年4月公布)6条にのっとって,第1次賃金統制令(1938年4月),臨時賃金措置令(1939年10月),第2次賃金統制令(1940年10月)が順次施行された。第2次大戦中,アメリカでは団体交渉制は維持されたが,賃金と価格は全面的に凍結された。同じくアメリカの例では,ベトナム戦争下で1971年に賃金・価格を凍結した。賃金統制の方法は,労働市場の構造的差異を反映して,国によって多様であるが,財貨・サービスの価格といっしょに凍結してしまう方法が最も簡単であり,したがって凍結政策として具体化される場合が多い。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「賃金統制」の意味・わかりやすい解説

賃金統制
ちんぎんとうせい
wage control

賃金を国家権力によって規制すること,またはその諸政策をいう。本来賃金は労使の自主的交渉をもとにして決定されるべきであるが,戦時中などには賃金統制がなされることがある。日本では 1939年 10月に国家総動員法による勅令が出され,9月 18日現在の賃金に釘づけすることとした。またこうした直接的な統制に対し,第2次世界大戦直後に物価統制の基礎として労務費基準を設けるという間接統制が行われたこともある。具体的な賃金統制方式としては,(1) 賃金ストップ,(2) 個別賃金の最高額制限,(3) 単位生産量に対する賃金額,昇給内規などの許認可方式,(4) 賃金総額制限などの直接統制,さらに,(5) 所得政策,「白書」などによる間接統制があり,(6) 最低賃金の保障としての最低賃金法も広い意味での賃金統制といえよう。ただ所得政策は,賃金上昇率を生産性上昇率の範囲内にとどめることを目的として,一定の上昇率をガイディングライトなどの形で提示,誘導する政策であり,労使の自主交渉を尊重することを否定していないことからみて,必ずしも賃金統制であるとはいえない。

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