デジタル大辞泉 「インフレーション」の意味・読み・例文・類語
インフレーション(inflation)
2 膨張。ふくらんだ状態。
3 ⇒インフレーション宇宙
翻訳|inflation
物価水準の上昇が続いて,貨幣価値が下がっていく状態をさす。inflationとは〈ふくらませること〉を意味するが,アメリカで南北戦争時にグリーンバックス紙幣の発行量の膨張に伴って物価がいちじるしく騰貴したことから,現在の用法が定着した。
現実の経済には無数の商品が存在し,それぞれの市況を反映して個々の価格はたえず変動している。このため実際にインフレーション率を計測するには物価指数を作ることが必要となる。現在では,家計,企業,政府等の重要な経済主体それぞれについて,あるいは消費,投資,輸出,輸入といった経済活動それぞれに対応して,物価指数が常時公表されており,それぞれのインフレ率を知ることができるようになっている。また経済全体のインフレ率としてはGNPデフレーターが用いられることが多い。とくに消費者にとってのインフレ率については,毎月作成され,しかも速報性のある消費者物価指数(CPI)が最もよく用いられている。しかし同指数は基準年の家計支出シェアでウェイトを固定したラスパイレス指数であるため,時間の経過とともに,価格上昇の大きい商品のウェイトは過大に,価格下落の著しい商品のウェイトは過小となり,インフレ率が過大に算出されてくる欠点がある。
インフレーションは,インフレ率,つまり物価指数の上昇率の大きさによって,クリーピングcreeping(忍び足),ギャロッピングgalloping(駆足),ハイパーhyper(超)等の形容を付されることがある。おおまかに年率数%以下がクリーピング・インフレーション,10%を超えるとギャロッピング・インフレーションといわれるが,月率数十%以上になるとハイパー・インフレーションになる。このほかにも1970年代にポピュラーとなった〈2けたインフレdouble digit inflation〉という形容もある。
経済学の基本である需要・供給分析によれば,価格の上昇は,需要曲線の右へのシフトか,供給曲線の上方へのシフトか,あるいは両方が同時に起こることにより生じる。インフレを一般的な財の価格の上昇と考えると,それが総需要曲線が右にシフトしたから起こったのか,または総供給曲線が上方にシフトしたから起こったのか,という2種類に分類できる(図参照)。前者はふつうディマンドプル・インフレーションdemand-pull inflation,後者はコストプッシュ・インフレーションcost-push inflationと呼ばれる。たとえば完全雇用の状態にある経済において,政府が赤字財政により政府支出を増加させると総需要曲線が右にシフトして,インフレ・ギャップが発生し,物価が上昇するのが前者である。労働争議の結果,賃金が大幅に上昇し,経営者がそのコストを転嫁するために価格引上げを行ったとすれば,後者の例である。この分類は,インフレ鎮静のための処方箋として金融・財政政策による総需要抑制策が有効かどうかという観点から,とくに1960年代に重視された。当時は,景気引締策はディマンドプル型に対してのみ有効であり,コストプッシュ型に対して適用しても,いたずらに失業を増やすばかりであるから,政府はコストプッシュ型には価格・所得政策で対処すべきであるとの見解が有力であった。また70年代の2度にわたるOPEC(オペツク)による原油価格の大幅引上げ(いわゆるオイル・ショック)は,経済学にサプライ・ショックsupply shockという用語をもたらした。外生的な要因で企業の限界費用曲線が上方にシフトし,その結果,総供給曲線が上方にシフトする点で,これもコストプッシュの一種と考えられる。
こうした分類はインフレの発生原因に注目しているが,インフレにおいて物価は,単に新たな高い水準に移るだけではなく,持続的に上昇していく。そこでさらに,なぜ物価の上昇が続くのか,を説明するダイナミックな理論が必要となる。この点について古典派経済学では,物価水準は通貨量に比例すると考えられたので,実質成長率を超える通貨供給増加率が続くかぎり物価水準の上昇も続くことになる。これに対して不完全雇用均衡の理論としてのケインズ経済学には元来,このような動学的なインフレ理論は存在しなかったが,1950年代後半にインフレ率と失業率の間に安定した負の関係(いわゆるフィリップス曲線)が存在することが実証的に発見され,失業率を用いてインフレ率を説明する体系が一般化した。
その後,フィリップス曲線を理論的に説明する試みがなされ,その多くが市場における情報の不完全性に注目した。まず,労働者は限られた情報から物価水準に関する期待を形成し,自分の名目賃金の実質価値(すなわち実質賃金)をはかる。実質賃金が上昇すれば労働の供給を増す。いま物価が安定している状況が長く続いたあと,突然,物価水準が100から110へと上昇したとする。労働者は第1期目にはまだこの変化を知らないので,以前と同じ名目賃金で以前と同じ量の労働を供給しようとする。このことは製品価格が110になった企業にとってみると労働の実質コストが10%下がったことになるので,企業は雇用量を増やそうとする。この結果,失業率は下がり,実質産出高は増加し,名目賃金もいくぶん(たとえば100から105へ)上昇する。労働者はこの名目賃金の上昇を実質賃金の上昇と誤認して労働の供給量を増やしたわけである。そして第1期の期末に賃金所得を消費しようとするときに初めて労働者は物価水準が110に上昇してしまったことに気づく。そこで彼は第2期目には期待物価水準を110に修正し,それで名目賃金の実質価値をはかろうとする。もしここで物価水準が不変であれば,名目賃金はさらに上昇して110に達し,雇用量は減少して以前の均衡量へ戻る。しかし,この間に物価水準はさらに121へと10%上昇し,名目賃金も115.5へと同じ10%だけ上昇したとしよう。実質賃金は実際には115.5÷121=0.95であるが,労働者は115.5÷110=1.05と誤認するため,第2期目も第1期目と同じ高い水準の労働の供給と雇用が実現する。こうして労働者の期待物価水準が現実の物価水準につねに1期遅れるとすれば,定率の物価と名目賃金の上昇がこの高い雇用量を支えることになる。
上記のようなフィリップス曲線の考え方にたてば,インフレ率が高いほど経済活動の水準は高いはずである。しかし実際には,アメリカにおいて1956-58年にみられたように,不況と当時としては比較的高いインフレ率とが共存した時期もあった。さらに70年代において高い失業率と高いインフレ率の共存傾向がきわめて明らかになり,スタグフレーションという術語が経済学用語として定着した。こうした状況下でマクロ経済学においては自然失業率仮説が主流となった。すなわち上記のフィリップス曲線の背後にある労働者は,つねに物価水準を実際より10%だけ過小に予測しつづけることとされている。しかしこの状態がしばらく続けば,彼は自分の予測誤差に気づいて,予測はしだいに正確になると考えるのが自然である。もともと雇用量が増加したのはインフレにより名目賃金と実質賃金との間にノイズが入ったためであり,労働者がこのノイズを除去して実質賃金を正確に判断できるようになれば,雇用量は本来の均衡雇用水準に向かって縮小していく。このような調整は,定常インフレ率が1%であっても,あるいは10%であっても起こると考えられるから,経済の長期的な均衡雇用量はインフレ率には無関係である。この長期均衡雇用量が達成されても,同時に摩擦的失業も存在すると考えられ,この状態における失業率をさして自然失業率という。つまり,自然失業率においては,期待物価水準と現実の物価水準とがつねに一致していることになる。
この自然失業率仮説(あるいは合理的期待形成仮説)は,二つの重要な政策的な意味をもつ。第1には,少なくとも長期的には,失業率を自然失業率以下に引き下げようとする政策は成功する可能性がきわめて小さい,ということである。第2には,失業率を自然失業率以下にとどめておこうとすれば,インフレ率をどんどん高進させていく必要がある,ということである。たとえば前のフィリップス曲線の例で,労働者が第2期に前期のインフレ率を考慮に入れて期待物価水準を形成しても,現実の物価水準がさらに高ければ,やはり同じ過ちを繰り返すことが可能である。しかし第3期には労働者はより高いインフレ率を予期して期待物価水準を形成するであろうから,さらにそれを上回ったインフレを現実に引き起こさなければ,前期と同じ雇用レベルは維持できない。こうしてインフレ率をどんどんエスカレートさせることによってのみ,自然失業率より低い失業率を維持することができる,と考えられる。1970年代において欧米諸国に共通してインフレ率が高かった理由のひとつは,政策目標として失業率を重視し,結果的に自然失業率より低い失業率を選択したことによるのではないか,との見解が成り立つわけである。
インフレが進行すると銀行預金や債券等の貨幣表示の金融資産の実質価値は低下する。そこで金融資産保有者の立場からは,受け取った利子からインフレによる資産価値の低下を差し引いたものが,実質的な資産価値の増加となる。このような観点から,名目利子率からインフレ率を差し引いて得られる実質利子率が金融資産の実質的な運用利回りの尺度となる。いま金融市場が完全であり,資産保有者は金融資産と実物資産とを自由に選ぶことができるとしよう。すると実質利子率が実物資産の収益率と等しくなければ均衡が成立しない。しかも実物資産の収益率は生産技術や資本ストックの量等によって決まり,少なくとも短期的にはインフレ率には左右されないと考えられる。するとこの仮定のもとでは,名目利子率はコンスタントな実質利子率とインフレ率との和である,というフィッシャーの等式が成立する。
しかし現実には,預金金利や貸出金利はしばしば政府により統制されている。またインフレは通貨保有のコストを引き上げるため,インフレ率が高まると通貨に代えて流動性のある金融資産の需要が増える可能性がある。またインフレ率の高進が前述のような〈予期されないインフレ〉によることも考えられる。こうした理由から,実際にはインフレ率の上昇に伴い,ある程度実質利子率が低下することは避けられない。この結果,インフレによる債務者利潤が生じ,金融資産から不動産,貴金属等の実物資産への逃避が起こることが珍しくない。
1970年代の欧米諸国はいずれも2けたに近いインフレ率に悩まされたが,同時に経済成長率もきわめて低かった。このような状況において,インフレの結果,実効税率が上昇して,労働,貯蓄,投資等の足かせとなっている,との主張が〈供給側(重視)の経済学supply-side economics〉としてなされた。すなわち,累進的な個人所得税のもとで,税率は名目所得に対応して決まっている。インフレによって名目賃金が増加すれば,たとえ実質賃金は変わらなくても,より高い税率が適用される。また利子所得や資本利得についても,インフレによる実質資産価値の減少を考慮せずに名目額全体が課税される。インフレが進行すればするほど,これらの元本と考えられる部分に対する課税が拡大するので,実効税率も上昇していく。こうした実効税率の上昇は家計の労働や貯蓄に対する誘因を弱めてきている,と考えられる。
また投資に対しても,税法上の減価償却控除が取得原価に基づいていることが問題とされる。インフレ下においては企業が使用している設備や機械の価格も上昇しているから,このような減価償却額を積み立てていっても,設備や機械の耐用年数が満了したときに,更新に必要な費用には不足することになる。そこで操業を続けていく企業の立場からは,インフレ率が高いほど税法上で設備コストとして認められない部分が拡大するので,実質的な法人税の増税となる,と主張される。もっともこれとは反対に,インフレにより企業債務の実質価値は低下するにもかかわらず,法人税ではこれが所得として扱われていない。インフレ率が高ければ高いほど,この非課税の所得が増えて法人税率が下がる,との指摘もある。このためある企業にとってどちらの効果がより強く働くかは,設備価額と負債額の相対的な大きさ,あるいは設備の平均耐久年数等にかかることになる。
執筆者:小椋 正立
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
(本庄真 大和総研監査役 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 (株)ジェリコ・コンサルティング流通用語辞典について 情報
…溶融押出法には次に述べるインフレーション法とT‐ダイ法がある。(1)インフレーション法inflation チューブラー法ともいう。環状のダイ(口金)から溶融ポリマーを筒状に押し出し,その中に空気を吹き込んで膨張させ,薄膜状の円筒として冷却固定させ巻き取る方法(図2)である。…
…賃金,利潤等の非賃金所得,あるいは製品価格の形成に,政府が直接的になんらかの影響を与えて価格上昇(インフレーション)を抑制しようとする政策。インフレーションを沈静化するための正統的な政策は財政・金融政策等総需要管理政策である。…
…政府が直接統制の形態を通じて民間賃金の決定に介入する事態が賃金統制であり,所得政策のような,法的強制力を伴わない団体交渉に対する単なるガイドラインは,賃金統制とは異なる。賃金統制は経済の安定を確保するために導入される場合が多く,とくにインフレーションの防止または終息を目的として行われる。したがって賃金統制政策は,永続的な性格をもたず,インフレ発生の危険性がなくなれば不必要となるし,インフレが終息すれば放棄される。…
…たとえばどのような財の価格を指数に取り入れるかによって,消費者物価指数,卸売物価指数,GNPデフレーター等があり,これらはそれぞれ目的に応じて使い分けられている。 さて一般物価水準の変動(その上昇がインフレーションにほかならない)にわれわれが関心をもつのはどのような理由によってであろうか。もしすべての財の価格(労働サービスの価格である賃金等も当然含む)が比例的に上昇し,しかもそれが人々によって完全に予見されていたとしたら,一般物価水準の変動は経済活動の実質面にあまり大きな影響を与えないであろう。…
※「インフレーション」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
群馬県のマスコットキャラクター。人間だと7歳ぐらいのポニーとの設定。1994年の第3回全国知的障害者スポーツ大会(ゆうあいピック群馬大会)で「ゆうまちゃん」として誕生。2008年にぐんまちゃんに改名...
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
7/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
6/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
5/20 小学館の図鑑NEO[新版]昆虫を追加