π錯体
パイサクタイ
π-complex
【Ⅰ】不飽和炭化水素および芳香族炭化水素を配位子とした錯体.
(1)オレフィンπ錯体,
(2)アレーン(arene)π錯体,
(3)シクロペンタジエニル錯体,
の三つに大別される.これらの配位子と中心金属イオン(原子)との結合は,炭化水素のπ軌道と金属軌道との重なりによる.オレフィン錯体を例にとると,オレフィンのπ結合軌道から金属の空σ軌道に電子が供与され,同時に金属π軌道からオレフィンの反結合π軌道に電子が逆供与されて,錯体が安定化している(図).アレーンπ錯体は,ジベンゼンクロム[Cr(C6H6)2]で代表されるように,配位子として少なくとも一つのベンゼン環が含まれる([別用語参照]サンドイッチ錯体).また,B3H72-を配位子とする白金錯体も,Rh,Pdのπ-アリル錯体と構造や性質が類似しているので,π-ボラリル錯体とよばれている.【Ⅱ】電荷移動錯体の一種.M.J.S. Dewarは,有機反応の中間過程で,求電子試薬とのσ結合のできる前段階としてπ電子の移動が起こり,錯体が形成されるとした.この錯体をπ錯体という.R.S. Mulliken(マリケン)はこれを外部錯体,σ錯体を内部錯体と名づけた.フリーデル-クラフツ反応など,多くの有機置換反応において,このπ錯体形成の重要性が指摘されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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錯体 (パイさくたい)
π complex
π結合をもつ分子,とくに比較的大きなπ電子共役系をもつ分子は,電子親和力の大きい原子・分子,あるいは逆にイオン化ポテンシャル(イオン化エネルギー)が小さい原子・分子と弱い力で結合した分子錯体を形成する傾向がある。このような分子錯体をπ錯体という。π錯体には,結晶として取り出すことができるものも多いが,溶液中では錯体が形成されるが結晶として取り出すことができないものも少なくない。結晶状で得られるπ錯体の代表的なものとしては,ヒドロキノン-キノン錯体(キンヒドロン)が知られている。一般にπ錯体は,その構成成分にはない錯体に特徴的な吸収帯を可視領域にもち,強く着色している。このような吸収帯の出現や構成成分間の結合力は,電荷移動理論によって説明される。それによると,イオン化ポテンシャルが低く電子供与体になりやすい分子をD,電子親和力が大きく電子受容体になりやすい分子をAと表すと,錯体DAの基底電子状態は,DとAが単に分散力などで結合している非結合状態(D…A)と電子がDからAに移った電荷移動状態(D⁺-A⁻)の量子力学的共鳴で表現され,この効果によって錯体が安定化されるものと考えられている。電荷移動相互作用は,電子供与体のイオン化ポテンシャルが低く電子受容体の電子親和力が大きいほど顕著になるが,大きなπ電子共役系をもつ分子は,供与体としても受容体としても働くことができる。π錯体のなかには化学反応の中間体としての役割を果たすものもあり,また,π錯体の結晶には有機半導体として興味ある性質を示すものも多い。
→電荷移動錯体
執筆者:黒田 晴雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のπ錯体の言及
【錯体】より
…このような錯体をウェルナー錯体とよぶ。これに対して配位子のもつπ電子が中心金属に供与されている錯体が最近きわめて多くつくられており,これらはπ錯体とよばれている(〈[π錯体]〉〈[サンドイッチ化合物]〉の項参照)。 ジメチル水銀Hg(CH3)2のように金属原子に対して炭化水素基が炭素で直接結合している有機金属化合物,あるいは2価炭素遊離基カルベンを含む錯体は,ウェルナー錯体とは別に取り扱われるのがふつうである。…
※「π錯体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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