改訂新版 世界大百科事典 「アルクマン」の意味・わかりやすい解説
アルクマン
Alkman
前7世紀後期スパルタで活躍した抒情詩人。生没年不詳。ラコニア地方(スパルタ周辺地方)の生れとも言われ,また小アジアのサルディスの産とも伝えられる。元は奴隷であったが才能を認められ市民に加えられたという伝もある。古代において彼の詩集は6巻を満たしたと伝えられるが,中世写本として伝わらず,19世紀中葉までは古代文筆家たちによるわずかな引用によって知られるのみで,詩の構成や内容はほとんどわからない状態であった。古代ローマの詩人・文人たちの間でも,アルクマンの名はまれにしか言及されていない。19世紀後半以来約100年間に長編のアルクマンの《乙女歌》を記載したパピルス断片をはじめ,幾片かの詩作断片やこれらに付された古注類も発見されるにおよんで,彼の言語,措辞,詩法,思想内容などについての解明は著しい発展を遂げつつある。
アルクマンの現存断片の特色は,乙女たちの歌くらべや神々の祭り,四季の風物,動物,鳥,草花など平和の営みや楽しみを告げる色彩が強く,戦争・内乱などについて語るところがない。《乙女歌》は現存する最古のギリシア抒情詩であるが,おそらくアルテミス女神の祭祀に関するものであろう。スパルタの少女たちの合唱隊が互いに業を競う場で歌われたものらしく,内容は,スパルタ固有の古い伝説とその教訓を歌ったのちその場に歌姫として参加している乙女たちの姿や声の品くらべの段までを語っている。その言葉はラコニア地方の方言であり,言及されるフォルコス神話,ヒッポコオン伝説にも地方色は濃いが,合唱詩の詩形は基本的に完成された対旋舞歌形式を示している。また,別個に発見された《アルクマン古注》断片によれば,彼は〈ポロスporos(道)〉〈テクモルtekmōr(仕切り,終点)〉などの比喩的表現を用い,海の女神テティスの誕生とともに万物の始めと終りが生じたとする独特の宇宙創生論を一編の詩に編んだ。古代注釈家たちはこれをヘシオドスの《神統記》と対比し説明を加えている。アルクマンの断片中には,ホメロス叙事詩と共通の詩的語彙も散見されるが,トロイア伝説,オデュッセウス伝説の細部の内容に関しては,叙事詩人らの伝承とはかなり異なる話に依拠していたことも指摘される。
執筆者:久保 正彰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報