ヌエル(読み)ぬえる(その他表記)Nuer

デジタル大辞泉 「ヌエル」の意味・読み・例文・類語

ヌエル(Nuer)

ヌアー

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヌエル」の意味・わかりやすい解説

ヌエル
ぬえる
Nuer

アフリカ、南スーダンのナイル川流域に住むナイル系牧畜民。身体的特徴は高身長、四肢は長く、漆黒の皮膚、細面(ほそおもて)。ヌアーともよばれるが自称はナースNaath。人口は約50万。ナイロート系牧畜民ディンカとは共通の起源をもつと考えられる。ヌエルのなかには多くのディンカが住んでいるが、ヌエルはディンカを一方的に略奪してきた。牛牧のほかに若干の農耕漁労も行うが、ヌエルの制度や慣習や価値のほとんどが牛とかかわっている。たとえば男たちは相手のお気に入りの雄牛の色や形からとった名前でお互いをよび、女たちは雄牛や自分が乳搾りをする雌牛からとった名前を自分の呼び名にする。ヌエルの住む土地は雨期にはほとんど冠水するので、わずかに水面に顔を出した高台に村がつくられている。逆に乾期には村の近くの水場は急速に干上がるので、沼や川のある地域に移動してキャンプをつくる。ヌエルが生きている時間や空間はこの生態的環境とリズムに密接に結び付いている。

 ヌエルは数多くの部族の集合で、ヌエル全体をまとめる人物も制度も存在していない。このためヌエルの政治体制はしばしば「秩序ある無政府状態」とよばれ、政府をもたない社会において政治の枠組みを与える分節リネージ体系の典型とみなされてきた。紛争は部族内では「豹(ひょう)皮の祭司」とよばれる人物によって調停される可能性があるが、部族を超える範囲では戦争にならざるをえない。ヌエルは、1930年代初頭にイギリスの社会人類学者エバンズ(エヴァンズ)・プリチャードによって調査され、その民族誌三部作『ヌアー族』(1940)、『ヌアー族の親族結婚』(1951)、『ヌアー族の宗教』(1956)は人類学の古典となっている。

加藤 泰]

『エヴァンズ・プリチャード著、向井元子訳『ヌアー族』(1978・岩波書店)』『エヴァンズ・プリチャード著、向井元子訳『ヌアー族の宗教』(1982・岩波書店)』『エヴァンズ・プリチャード著、長島信弘・向井元子訳『ヌアー族の親族と結婚』(1985・岩波書店)』

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百科事典マイペディア 「ヌエル」の意味・わかりやすい解説

ヌエル

スーダン南部のサバンナに居住する民族。ヌエルは他称で自称はナースNaath。このほか日本語では,ヌア,ヌアーなどとも表記される。西ナイル語系のヌエル語を話す。社会人類学者E.E.エバンズ・プリチャードが調査し,詳細な民族誌を記したことで知られている。牛を中心とした牧畜をおもな生業としているが,漁労や雑穀栽培も補完的に行っている。

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