改訂新版 世界大百科事典 「エビ」の意味・わかりやすい解説
エビ (海老/蝦)
甲殻綱十脚目Decapodaに属する節足動物の通称。長尾類Macruraと呼ばれることも多いが,腹部がよく発達しているという意味で,腹部が曲がっている異尾類,すなわちヤドカリ類と腹部が退化している短尾類,すなわちカニ類に対比していわれる言葉である。エビ類の体制は,体がクルマエビ類やコエビ類のように遊泳に適している側扁型,イセエビ類やザリガニ類のように歩行に適している横扁型に大別される。したがって,エビ,ヤドカリ,カニ類を長尾,異尾,短尾亜目と分類するのとは別に,遊泳型のエビ類を遊泳亜目とし,歩行型のエビ類をヤドカリ,カニ類とまとめて歩行亜目とする分類法もある。
漢字では大型のイセエビ類などには海老,小型のクルマエビ類やコエビ類には蝦の字があてられることが多い。英語ではイセエビ類はspiny lobster,クルマエビ類などはprawn,コエビ類はshrimp,ザリガニ類はcrawfish,またはcrayfishであるが,漢字も英名もそれぞれの種については必ずしもこのとおりではなく,慣用的なことが多い。
形態と機能
エビ類の体は左右相称で,頭部5節,胸部8節,腹部7節からなっているが,頭部と胸部は頭胸甲と呼ばれる1枚のキチン質の外骨格で覆われているため,外からは体節構造は見えない。頭胸甲には眼上棘(がんじようきよく),眼側棘,触角上棘,鰓(さい)前棘,肝上棘と呼ばれるとげがあるほか,溝や稜があることがある。頭胸甲の前端には額角(がつかく)が発達しており,その長短,角度,歯と呼ばれる突起の有無,歯数などは分類学上のもっとも重要な特徴となっている。腹部7節のうち最後の節は尾節と呼ばれ,その付属肢とともに幅広い尾扇を形成している。
頭胸部,腹部とも各体節には1対ずつの付属肢があるが,体節の部位に応じて変形し,それぞれの機能を果たしている。頭部の付属肢は前方から第1触角,第2触角,大顎,第1小顎,第2小顎で,エビ類を特徴づける長い触角は第2触角である。胸部の付属肢8対のうち前3対は顎脚(がつきやく)と呼ばれ,頭部の付属肢の後3対,すなわち大顎,第1小顎,第2小顎とともに口器を形成している。胸部の付属肢の後5対は,イセエビ類のようにまったくはさみをもたないか,クルマエビ類のように前3対にはさみをもつか,テナガエビ類のように前2対にはさみをもつか,タラバエビ類のように第2対目だけにはさみをもつか,いずれかの型に属する。腹部の付属肢は葉状の内外2肢からなり,腹肢と呼ばれるが,これは付属肢としての原型に近いものである。遊泳型エビ類では腹肢は重要な運動器官で,また雌は,卵を産み放してしまうクルマエビ類とサクラエビ類を除いて,卵を腹肢につけて孵化(ふか)するまで守る。雄では第1腹肢が交尾器に変形しており,分類形質として役だっている。
呼吸器であるえらは頭胸甲の側甲で覆われた鰓室の内部におさまっている。えらはつく場所により脚鰓,関節鰓,側鰓と呼ばれるが,構造的には樹枝状えら(クルマエビ類),糸状えら(イセエビ類,ザリガニ類),葉状えら(コエビ類)に分けられる。
口は前方の下側中央にある。食道は短く,一方,胃は大きく膨らんで,内面にキチン質の皮が厚くなり,石灰化した胃歯があることもある。腸はほぼまっすぐで,尾節の下部に肛門が開く。胃までが前腸で,腹部を貫通している部分が後腸,両者の中央部が中腸である。前腸と後腸は発生上は外胚葉性で,キチン質で裏打ちされている。中腸は消化酵素の分泌や消化,吸収の機能をもち,中腸腺(肝膵臓hepatopancreasとも呼ばれる)が付属して消化吸収を補助し,養分の貯蔵も行う。心臓は多角形で,頭胸部の後方,消化管の上にある。囲心腔に包まれ,太い動脈が前方に5本,後方に1本走っている。血液は無色で,血漿(けつしよう)中にヘモシアニンが含まれているため,長く空気に触れると淡い青紫色に変わる。排出器は触角腺で,第1触角の基部に開口するが,その色から緑腺とも呼ばれる。
神経系は脳と各節の神経節およびそれらを結ぶはしご状の連鎖からなっており,各器官へ神経分枝が出ている。目は複眼で,テッポウエビ類以外では眼柄の先にある。目は一般によく発達するが,深海産のものや共生生活のものでは退化している。
生殖
生殖腺は頭胸甲内の消化管の上,心臓の下に位置し,精巣は第5胸脚の底節に,卵巣は第3胸脚の底節に開口する。タラバエビ科のすべての種と,テッポウエビ科の一部では雄性先熟の性転換が行われるため,大型個体はすべて雌である。卵を産み放つクルマエビ類とサクラエビ類では,卵は3対の頭部付属肢だけをもつノープリウスnauplius幼生として孵化するが,他のエビ類はもう少し進んだ時期のゾエアzoea幼生として孵化する。浮遊生活の間に脱皮を繰り返し,ミシスmysis幼生となり,その後稚エビに変態するが,後期幼生であるミシス幼生は各種ごとに特徴的な形態をもつことが多く,特別の名称が与えられている。淡水産のザリガニ類は発生過程が特異で,すべての幼生期を卵内で過ごし,成体形となって孵化する直接発生である。これはサワガニ類と同じく,淡水生活に適応した収れん現象と考えられ,生態と発生を系統的に考えると興味深い。脱皮による成長は甲殻類に共通の特徴であるが,エビ類では頭胸甲と腹部の間の膜が破れ,そこから背中側に抜け出る。やわらかいうちに水分を吸って大きくなり,もとどおりにかたくなるまでの1ヵ月間,岩陰などに潜んでいる。小型個体は年に数回脱皮するが,十分に成長した個体でも年1回は脱皮する。けがなどで切り落としたはさみ脚や歩脚は脱皮のときに再生する。
生態
エビ類は本来海産で,淡水域にはザリガニ類のほか,テナガエビ類やヌマエビ類が生息しているにすぎない。浅海の砂底や岩礁の岩の間,サンゴ礁の隙間などで底生生活をするものが多いが,深海底にすむものもあり,深海から浅海にかけて一生浮遊生活をするものもある。また,他の動物と共生生活をするものも相当数知られており,なかでもカイメン類,サンゴやイソギンチャクなどの腔腸動物,二枚貝類,ウニやウミシダなどの棘皮動物がよく利用されている。その場合は色だけでなく,形態までも共生生活に適応して変形していることが多い。食性はほとんど肉食性で,主として夜間に活発に餌を求めて動き回る。
漁業と養殖
エビ類は約3000種が知られているが,食用として利用されている種類が多く,とくにクルマエビ類,タラバエビ類,イセエビ類がその大部分を占めている。しかし,その他の小型エビ類も各地でいろいろ加工されて食用にされており,また,釣餌などとしても広く利用されている。岩礁にすむイセエビ類は底刺網,クルマエビ類など沿岸性のものは打瀬網や手繰網,タイショウエビやタラバエビ類など沖合性のものは機船底引網で漁獲される。しかし,主としたエビ類の生息場所である沿岸の浅海が埋め立てられたり,汚染されたりして,漁獲量は横ばいか,むしろ減少傾向にある。一方で消費量は年々増加し,東南アジアやアフリカ,南アメリカなどから大量に輸入して補われている。
最高級品の一つであるクルマエビは,人工孵化から成体まで陸上の池で完全に管理され,企業として成立している。他のクルマエビ類も世界各地で養殖が行われており,東南アジアでは淡水産の大型テナガエビ類の養殖も試みられている。しかし,イセエビ類は幼生期間が長く,その間の生態もまだ明らかでなく,産業レベルでの養殖はまだ行われていない。
執筆者:武田 正倫
民俗と料理
エビを海老と書くことは中国にはなかったようであるが,日本では《和名抄》が鰕の和名を〈衣比〉とし,俗に海老の2字を用いるとしているように,平安時代にはすでに行われていた。ひげが長く腰の曲がった長寿の老人を思わせるところから海老の字をあて,その文字から祝意を含むものとし,正月の飾りや祝膳に欠くべからざるものとする風が生じたと考えられる。《本朝食鑑》(1695)はこうした慣習が古来からのものであるような記述をしているが,故実書や料理書から見ると,せいぜい室町後期に成立したものと思われる。江戸時代初頭には慣例として定着していたようで,《日本永代蔵》(1688)に見られるように,品不足のときには正月用のイセエビ1尾が小判5両という超高値を呼んだこともある。料理としては,イセエビは生作りがよい。頭から腹を抜き,肉をとり出して刺身にし,これを裏返して頭にはめ込んだ腹部の殻に盛る。こうした盛方は船盛りと呼ばれ,室町時代から行われていた。クルマエビは刺身,てんぷら,鬼がら焼きその他いろいろに料理される。てんぷら種には30g前後の〈まき〉と呼ばれるものがよい。〈さいまき〉ともいわれ,刀の鞘巻に似ているための称である。生きているものを〈おどり〉と呼び,刺身やすし種にする。シバエビはてんぷらのかき揚げ,わん種,すり身にして糝薯(しんじよ)などに,干したサクラエビはかき揚げなどに使う。タイショウエビ,クマエビ,ウシエビなどはクルマエビの代用とされ,ホッコクアカエビはアマエビとも呼ばれて生食される。中国料理,西洋料理でもエビはさまざまに用いられている。
執筆者:鈴木 晋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報