エビ(読み)えび

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エビ」の意味・わかりやすい解説

エビ
えび / 蝦
海老

節足動物門甲殻綱十脚目長尾亜目Macruraの通称で、いわゆるエビ類をいう。分類学上、十脚類(目)のうち、腹部が曲がっているヤドカリ類の異尾類(亜目)と、腹部の退化が著しいカニ類の短尾類(亜目)に対応する。エビ類は腹部がよく発達しており、体が左右に扁平(へんぺい)で遊泳に適したクルマエビ類やコエビ類と、背腹に扁平で歩行に適したイセエビ類やザリガニ類に分けられる。前者の型を遊泳亜目、後者の型を歩行亜目とする分け方もあるが、その場合は後者にヤドカリ類やカニ類も含まれる。また、クルマエビ類とサクラエビ類は、海中に卵を産み放してしまうのに対し、ほかのエビ類とヤドカリ類、カニ類は幼生が孵化(ふか)するまで母親が卵を腹部に抱いて守る。このような習性の2型から、前者を放卵亜目、後者を抱卵亜目とする分け方もある。このようにエビ類の分類体系には異論があるが、クルマエビ類やコエビ類には「蝦」の字があてられ、「海老」はイセエビ類に対して用いられる。英名はクルマエビ類はprawnで、コエビ類はshrimpであるが、近年アメリカでは特別に区別せずにすべてshrimpとすることが多い。また、ヨーロッパとアメリカに産するいわゆるロブスターはlobsterであるが、イセエビ類はspiny lobsterである。ザリガニ類はcrawfishまたはcrayfishとよばれる。

 エビ類は、古生代デボン紀に出現し、中生代ジュラ紀にすでにクルマエビ類や各種のコエビ類が繁栄した。イセエビ類の化石はジュラ紀の地層から発見される。白亜紀には現生のエビ類と基本的にはほぼ似たような多くの種類がすんでいたと考えられる。

[武田正倫]

形態

エビ類の体は左右相称で、キチン質の外骨格で覆われている。頭部と胸部は1枚の頭胸甲で覆われているため、外から体節構造はわからないが、発生学的には頭部5節、胸部8節からなっている。頭胸甲には眼上棘(がんじょうきょく)、眼側棘、触角上棘、鰓前棘(さいぜんきょく)、肝上棘などがあるほか、溝や稜(りょう)があることが多く、それらの有無や形状は重要な特徴である。頭胸甲の前端には一般によく発達した額角(がっかく)があり、その長短、角度、歯数などが種の識別形質として利用される。腹部は7節で、それぞれ独立した甲で覆われ、互いに関節によって自由に屈伸する。最後の節は尾節とよばれ、第6腹節の付属肢とともに幅広い尾扇を形成する。

 頭胸部、腹部とも各体節に1対ずつ二叉(にさ)型の付属肢があるが、付属肢は体の部位、機能に応じて変形している。頭部付属肢は前方から第1、第2触角、大あご、第1、第2小あごである。第2触角は著しく長く、触覚の機能を果たしている。大あご、第1、第2小あごは胸部付属肢8対のうちの前3対、すなわち第1~第3顎脚(がっきゃく)とともに口器を形成している。胸部付属肢の後ろ5対は、内枝と外枝に二叉している場合と、していない場合があるが、つねに内枝がよく発達しており、基部から底節、基節、座節、長節、腕節、前節、指節の7節に分かれている。これら5対の胸脚はクルマエビ類のように前3対にはさみをもつか、テナガエビ類のように前2対にはさみをもつか、タラバエビ類のように第2対目だけにはさみをもつか、センジュエビ類のようにすべてにはさみをもつか、イセエビ類のようにまったくはさみをもたないか、すべてのエビ類はこれらのいずれかの型に属する。腹部付属肢は葉状の内・外枝からなり、腹肢とよばれる。腹肢は遊泳型エビ類では重要な運動器官であり、またコエビ類やザリガニ類の雌は卵を腹肢の毛につけて守る。雄では第1腹肢が交尾器に変形しており、分類形質として重要である。

 呼吸器であるえらは、頭胸甲の側甲で覆われた鰓室(さいしつ)内に収まっている。えらは、つく場所によって脚鰓、関節鰓、側鰓とよばれるが、理論的には胸部の各体節に1対の脚鰓、2対の関節鰓、1対の側鰓があるが、実際はかなり少なく、グループごとに一定している。構造的には樹枝状のえら(クルマエビ類)、糸状のえら(イセエビ類、ザリガニ類)、葉状のえら(コエビ類)に分けられる。口は前方の下側中央に位置し、続く食道は短い。胃は大きく膨らんで、内面にキチン質が骨化した胃歯をもつことがある。腸はほぼまっすぐで、尾節の下側に肛門(こうもん)が開く。胃までが前腸、腹部を貫通している部分が後腸、中央部が中腸で、前腸と後腸は発生上は外胚葉(がいはいよう)起源であって、キチン質で裏打ちされている。中腸は消化酵素の分泌や消化、吸収の機能をもち、中腸腺(せん)(肝膵臓(すいぞう))が付属して消化吸収を補助し、また栄養分の貯蔵も行う。

 心臓は多角形で、頭胸部の後方、消化管の上にある。囲心腔(いしんこう)に包まれ、太い動脈が前方へ5本、後方へ1本走っている。血液は普通、無色で、血漿(けっしょう)中にヘモシアニンを含んでいるため、長く空気に触れると酸化して淡い青紫色になる。排出器は触角腺で、第1触角の基部に開口するが、その色から緑腺ともよばれる。神経系は脳と各体節か、または神経節およびそれらを結ぶ梯子(はしご)状の連鎖からなり、各器官へ分枝が伸びている。目は複眼で、テッポウエビ類以外はすべて眼柄(がんぺい)をもつ。深海産や共生生活をする種では目の退化が著しい。生殖腺は頭胸甲内の消化管の上、心臓の下に位置し、精巣は第8胸脚の底節に、卵巣は第6胸脚の底節に開口する。

[武田正倫]

発生

卵を海中に産み放つクルマエビ類とサクラエビ類では、卵は3対の頭部付属肢だけをもつノープリウス幼生として孵化(ふか)するが、ほかのエビ類はもうすこし発生が進んで胸部付属肢をもつゾエア幼生になって孵化する。一般に、約1か月間の浮遊生活の間に脱皮を繰り返して後期幼生であるミシス幼生となり、その後に変態して稚エビとなる。ミシス幼生にはすでに腹肢も存在するが、種ごとに特徴的な形態をもつことが多く、特別の名称が与えられている。淡水産のザリガニ類はすべての幼生期を卵内で過ごし、成体形となって孵化する直接発生である。これはサワガニ類と同様に、淡水生活への適応と考えられる。

[武田正倫]

生態

エビ類は本来海産で、淡水域にはザリガニ類のほか、テナガエビ類とヌマエビ類が生息しているにすぎない。浅海の砂底やアマモ場、岩礁の岩の間やガラモ場、サンゴ礁のすきまなどで底生生活をするものが多いが、深海底にすむものもあり、また一生浮遊生活をするものもある。ほかの動物と共生生活をするものもかなりあり、カイメン類やサンゴ類、イソギンチャク類などの腔腸(こうちょう)動物、二枚貝類、ウニやウミシダなどの棘皮動物などを利用することが多いが、宿主に致命的な害を与えることはない。とくにカクレエビ類の生態は多様に分化しており、体色、形態とも共生生活に巧みに適応している。

[武田正倫]

漁業と養殖

エビ類は世界中に約3000種知られているが、水産業上とくに重要なのはクルマエビ類、タラバエビ類、イセエビ類である。なかでもクルマエビ属Penaeusの種が漁獲量の約4割を占めている。消費量は年々増加する一方であるが、漁獲量は横ばいか、むしろ減少傾向にあり、小形種の利用や深海性エビ類の開発などに目が向けられている。クルマエビ属の各海域の重要種は人工孵化から成体まで完全養殖が行われ、企業として成功している。ほかに東南アジアの河川にすむオニテナガエビの養殖も試みられているが、クルマエビ類に比べて市場価値が低い。イセエビ類に対する需要は多いが、幼生期間が約1年間もあり、産業レベルでの養殖はまだ行われていない。

[武田正倫]

料理

クルマエビやイセエビを筆頭に食用にされるエビ類は多い。日本はアメリカに次ぐエビの消費国であり、近年は黄海産のタイショウエビをはじめ、世界各地から多くの種類が大量に輸入されている。イセエビは中国料理、西洋料理ではよく正餐(せいさん)に用いられ、和風には刺身、蒸し物などに使われる。クルマエビは美味だが天然産は少ないので養殖している。てんぷらにはイセエビは不向きで、クルマエビかそれに近い種類のものが適し、てんぷらそば、天丼(てんどん)にはだいたい輸入エビが用いられている。クルマエビを殻付きのまま焼くのを鬼殻焼きという。クルマエビをよく洗い、適当な長さに輪切りにして、楊枝(ようじ)または金串(かなぐし)で背わたをとり、鍋にみりん7、酒3の割合で注ぎ、エビを加えて煮込み、しょうゆうま味調味料で味を調える。炭火を用いて殻まで食べられるほど加熱するのが特色である。現在は熱源が変わったので、殻はたいてい食べられない。すし種(だね)にはクルマエビをゆでたり煮たりして用いているが、生きているクルマエビを生(なま)のまま「おどり」と称して食べることもある。ホッコクアカエビも、生食すると甘味があり、アマエビと称されてすし種にされる。

 輸入エビはてんぷら、中国料理、西洋料理などに広く用いられている。シバエビは元来東京・芝浦で多くとれたのでこの名があるが、いまでは各地で漁獲されている。味がよく用途は広い。テナガエビは、カワエビと称されてから揚げに向き、酒の肴(さかな)として好まれる。サクラエビは静岡県の名産で、干して出荷している。岡山県の小エビの塩漬けは郷土の珍味であり、また広島県尾道(おのみち)の海老(えび)茶漬けは、小エビの頭、尾殻をとり、しょうゆ漬けにして焼いたものを用いる。

[多田鉄之助]

民俗

鎧(よろい)・兜(かぶと)に身を固めた武士のような風格のイセエビは、ひげが長く武勇の象徴として縁起のよいものとされた。また、『延喜式(えんぎしき)』や『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』以来海老とも書くように、腰の曲がったひげの長い老人を連想させるところから、長寿の象徴としてめでたいものとされ、江戸時代から正月の鏡餅(かがみもち)や輪飾り、蓬莱盤(ほうらいばん)などに用いられてきた。また飾りエビの赤い色が無病息災の魔除(まよ)けとして縁起物とされ、おもに関東で用いられるが、関西では掛鯛(かけだい)が多く、地方によってはかわりに干し柿(がき)を使うところもある。夫婦が愛し合い、ともに長生きすることを偕老同穴(かいろうどうけつ)というが、これは、カイロウドウケツという海綿動物の胃腔内には、普通ドウケツエビの雌雄がすんでいて、一生をその中で過ごすところからいわれるようになった。イセエビの産地の三重県志摩市浜島町では、毎年6月第1土曜日に豊漁を祈願して、張りぼての大エビを担いで練り歩く伊勢えび祭(いせえびまつり)の行事が1959年(昭和34)に始められ、年々盛んになっている。

[矢野憲一]


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