中世イベリア半島のカスティリャ王国の英雄で,本名はロドリゴ・ディアス・デ・ビバルRodrigo Díaz de Vivar。通称シッドはアラビア語の〈主人〉を意味する語に由来する。貴族の家系に生まれたロドリゴは幼い時に宮廷に入り,サンチョ王子の下で成長,1065年に王子がサンチョ2世として即位すると,カスティリャ軍総帥に任命された。だが,サンチョ2世が暗殺されて弟のアルフォンソ6世が王位を継いだ時(1072),ロドリゴの運命は大きく変わった。生前の兄と敵対したアルフォンソには暗殺荷担の疑いがかけられ,これを否定する宣誓を旧家臣を代表して多分ロドリゴがアルフォンソに要求したことから,王はこれを深く根に持ったと思われる。事実,この後で王の縁者を妻に迎えたにもかかわらず,81年に王の怒りに触れたロドリゴは国を追われ,以来つかの間の和解は幾度かあったものの,生涯のほとんどを亡命者として送ってバレンシアで死んだ。この間,彼は部下を率いて当時イスラム国だったサラゴサの王に仕える一方,もうひとつのイスラム国バレンシアの事態に介入,これを94年に征服した。折からイベリアのキリスト教諸国は北アフリカのムラービト朝軍の攻勢の前に一様に苦境に陥っていたが,ロドリゴとその仲間だけはこれを退けてバレンシアを守り抜いた。死後,彼の生涯と武功は吟遊詩人の格好の題材となり,やがて叙事詩《わがシッドの歌》が遅くとも13世紀初めには成立,現存するスペイン文学最古の作品となった。
執筆者:小林 一宏
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1043?~99
中世スペインの英雄。カスティリャ‐レオン国王アルフォンソ6世の家士ながら追放の憂き目に遭い,生涯の大半を国外で送る。イスラームのサラゴサ国王の傭兵として活躍したのち,1094年よりバレンシア王国を支配,ムラービト軍の侵攻をくいとめた。武勲詩『わがシッドの歌』でその武勇がたたえられる。
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【中世――スペイン文学の発生】
スペイン文学は遍歴歌人(フグラール)が英雄の偉業をたたえて吟誦した武勲詩,つまり叙事詩に始まるが,口承文学という性質ゆえにそのほとんどが散逸してしまい,現在に残る唯一の作品は1140年ころに書かれた《わがシッドの歌》である。〈国土回復戦争〉に活躍した実在の英雄シッド・カンペアドール(エル・シッド)を主人公とする作者不詳のこの武勲詩は,史実に基づくリアリズムがその最大の特徴であり,例えば,フランスの《ローランの歌》と比べてみると,主人公シッドはローランほど理想化されてはおらず,人間性に富んだより現実的な人物として描かれている。13世紀になると〈メステル・デ・クレレシーアmester de clerecía〉と呼ばれる聖職者階級の文芸が盛んになるが,代表的作品は,現在にその名を知られる最初のスペイン詩人G.deベルセオの手になる,聖母マリア伝説を素材とした25編の物語詩集《聖母の奇跡》である。…
…また1902年に王立アカデミーの会員になり,のちに長くその会長の座にあった。師メネンデス・イ・ペラヨがスペイン文化の広範な総合に秀でたのに対し,彼はより学問的で厳密な分析的方法を適用し,言語,文学,歴史にまたがる中世文化の研究に大きな成果をあげたが,とりわけ《わがシッドの歌――原文,文法,語彙》(1908‐12)は世界的に高い評価を受け,その後のエル・シッド研究の基盤となった。そのほか,初期スペイン語の音韻変化に関する画期的な著作《スペイン語歴史文法提要》(1904),中世詩に関する論考《吟遊詩と吟遊詩人》(1924),11世紀までのスペイン語の徹底的な研究である《スペイン語起源論》(1926)などがあるが,彼の功績として忘れてはならないものに,現在でもスペイン文献学研究の中心となっている雑誌《スペイン文献学評論(RFE)》の創刊がある。…
…現存するスペイン最古の文学作品。スペイン人イスラム教徒に対する国土回復戦争に活躍した実在の英雄シッド・カンペアドール(エル・シッド)を主人公とする武勲詩で,1140年ごろに書かれたと推定されるが,ヨーロッパのすべての中世叙事詩と同じく作者は不詳である。全部で3730行の韻文からなり,三つの歌に分かれている。…
※「エルシッド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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