改訂新版 世界大百科事典 の解説
エンジニアリングエコノミー
engineering economy
EEと略称し,経済性工学と訳される。EEとは,技術分野の計画段階で生じる意思決定問題に関して経済的に有利な方策を探し,比較し,選択するための理論と技術を総合したものである。技術分野の決定問題は複数代替案の比較が中心であるため,その本質は比較計算である。この点で伝統的な会計学(特に財務会計)とはその役割が非常に違う。また,投資予算の適正配分など資金配分の問題は,計画に関する意思決定問題ではあるが代替案の比較とは違う手法が中心になるので,今日のEEでは通常扱わない。EEにおける中心課題は,ある技術目的を達成するために可能と思われる方策を広い範囲から漏れなく探し出し,将来の推定値をもとにしてそれらを比較しながら優れた方策に絞り,決定するところにある。
EEは19世紀の末ころアメリカで生まれた。送電線の経済的太さに関するケルビンの法則--電線の単位長さ内で失われる年間電力量の価格と電線の単位長さの投下資本に対する年経費が等しい場合が最も経済的であるとする法則--が発見されたのは1881年であり,87年にはEE分野での専門書とも呼べるものが出版されている。当時の応用分野は建設業が中心であったらしいが,その後工場で機械化が進むにつれてしだいにその方面での応用が盛んになった。しかしEEという言葉が今日のような意味で使われるようになったのは1920年代以降のことである。それ以後,物価上昇,技術進歩,不確実性などの問題も取り上げてEEの内容がしだいに充実してきたが,その誕生以来今日まで,多額の投資を伴う技術問題の比較分析手法が中心になっていることは変わらない。日本が第2次大戦後にEEを導入する契機になったのは,技術進歩を考慮した設備更新理論の一つであるメイパイMAPI方式であった。これはアメリカのMachinery and Allied Products Instituteで開発されたもので一時脚光をあびたが,実践上の煩雑さと理論面における不備などの理由で現在ではほとんど使われていない。
今日のEEの応用分野はきわめて広く多岐にわたっており,最近では資材調達の分野に急速にひろがりつつある。資材やシステムの購入に当たって,購入時点におけるその価格が安いからというだけの理由でそれを採択するのは危険で,その後の修繕,運転,廃却,更新など,その一生涯に要する費用--ライフサイクルコスト(略称LCC)--を考えて経済的なものを選択すべきであるという考え方に立脚する。現在この立場から最も大規模にLCCを採用しているのはアメリカ軍であるといわれている。そこでは新しい兵器やシステムの研究開発に要する費用から,運用する要員の教育訓練費,修理部品の保持・補給に要する費用などをも含め,長期的,総合的な立場から経済的な資材やシステムの選択を行っている。さらに入札や契約の一部までもLCCによって行われている。
日本におけるEE活用の特徴の一つは,EEを技術者だけの道具だと限定して考えることなく,その考え方と簡単な手法(おもにグラフ類)を事務部門,工場のライン部門の管理層や職組長のレベルまで浸透させ,いろいろな改善活動に利用しようとする企業の数がふえつつある点である。アメリカとは多少違った活用法が開けていく兆しがうかがわれる。しかしEE一般の教育普及度についてはアメリカにははるかに及ばない。
執筆者:千住 鎭雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報