おまん源五兵衛(読み)オマンゲンゴベエ

デジタル大辞泉 「おまん源五兵衛」の意味・読み・例文・類語

おまん‐げんごべえ〔‐ゲンゴベヱ〕【おまん源五兵衛】

心中をして寛文年間(1661~1673)の俗謡などに歌われた、おまん薩摩源五兵衛二人の話を題材として、近松門左衛門の「おまん源五兵衛薩摩歌」、井原西鶴の「好色五人女」などの作品がある。

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精選版 日本国語大辞典 「おまん源五兵衛」の意味・読み・例文・類語

おまんげんごべえおマンゲンゴベヱ【おまん源五兵衛】

  1. 薩摩源五兵衛とお万の心中事件を扱った歌謡浄瑠璃、歌舞伎脚本などの俗称。劇化には近松門左衛門の浄瑠璃「薩摩歌(さつまうた)」、歌舞伎脚本「五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)」などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「おまん源五兵衛」の意味・わかりやすい解説

おまん源五兵衛
おまんげんごべえ

小説、戯曲の登場人物名。1663年(寛文3)ごろ薩摩(さつま)で実在した心中事件の人名というが、詳細は不明。早くから俗謡に歌われ、これをもとに小説や浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎(かぶき)に自由な脚色が行われた。井原西鶴(さいかく)の小説『好色五人女(こうしょくごにんおんな)』(1686)の「恋の山源五兵衛物語」は愛する美少年2人に死別して入道となった源五兵衛が、おまんの求婚で夫婦になるという話。近松門左衛門の浄瑠璃『薩摩歌』(1704)は、薩摩の侍菱川(ひしかわ)源五兵衛と娘おまんの恋に、笹野(ささの)三五兵衛と娘小万の仇(あだ)討ち話を絡ませて脚色。その後、戯曲では1737年(元文2)薩摩の侍早田八右衛門が大坂曽根崎(そねざき)の湯女(ゆな)菊野らを殺害した事件を取り合わせ、主人公を源五兵衛、その愛人を菊野として脚色するようになり、とくにその決定版となった並木五瓶(ごへい)の歌舞伎脚本『五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)』(1795)が江戸で上演したときにヒロインの役名を小万として以来、小万源五兵衛のコンビで多くの作品に扱われるようになった。なお、明治以後で近松の『薩摩歌』を下敷きにした新歌舞伎脚本に、岡鬼太郎の『今様(いまよう)薩摩歌』がある。

[松井俊諭]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「おまん源五兵衛」の意味・わかりやすい解説

おまん源五兵衛
おまんげんごべえ

寛文3 (1663) 年頃心中し,艶名をはやり歌にうたわれた男女。「源五兵衛どこへ行く薩摩の山へ,鞘が三文,下緒が二文…」「高い山から谷底見れば,おまん可愛や布晒す」などが有名。実説は明らかでないが,井原西鶴の『好色五人女』第5話に小説化された。近松門左衛門の浄瑠璃『薩摩歌』 (1704上演) などにも登場する。

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世界大百科事典(旧版)内のおまん源五兵衛の言及

【好色五人女】より

…浮世草子。井原西鶴作。1686年(貞享3)刊。5巻25章。各巻すべて当時の歌謡,演劇,歌祭文などで喧伝された著名な事件をとりあげたモデル小説。巻一〈姿姫路清十郎物語〉は,手代清十郎と主家の娘お夏との恋をとりあげ,その駆落ち,清十郎の冤罪(えんざい)による処刑,お夏の出家を描いている。巻二〈情を入れし樽屋物語〉は,樽屋の女房おせんと麴屋(こうじや)長左衛門との姦通が樽屋によって発見され,おせんは自害し,長左衛門は処刑される。…

※「おまん源五兵衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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