井原西鶴(さいかく)の浮世草子。1686年(貞享3)2月、大坂・森田庄太郎、江戸・万屋(よろずや)清兵衛より刊行。5巻5冊。巻1「姿姫路清十郎物語」は、1662年(寛文2)の姫路の商家の娘と手代との密通事件、巻2「情(なさけ)を入し樽屋(たるや)物語」は、1685年(貞享2)大坂・天満(てんま)での人妻の密通事件、巻3「中段に見る暦屋物語」は、1683年(天和3)京都の大経師(だいきょうじ)の妻女が奉公人と駆け落ちした事件、巻4「恋草からげし八百屋(やおや)物語」は、1682年(天和2)江戸で起きた娘の放火事件、巻5「恋の山源五兵衛物語」は、1660年代(寛文年間)薩摩(さつま)で起きた心中事件を、それぞれ題材としている。俗説巷談(こうだん)や流行歌謡によって広まっていた悲恋物語をもとにして、自ら犯罪の渦中に身を投ずる元禄(げんろく)女性の激しさを描いた作品である。大経師の妻おさんの新婚生活は幸福そのものであったが、たまたま手代茂右衛門をひそかに恋い慕っている下女りんの思いをかなえてやろうとした、ふとした戯れ心から、一転して不義密通の大罪を犯してしまう。その後、大胆にも変貌(へんぼう)し、擬装心中まで計画して逃亡を続けるおさんの激しい情念を、小説的虚構を設定して描いている。ついには粟田口(あわたぐち)の刑場の露と消えるおさん、幼い恋に殉じて鈴ヶ森の煙と化した八百屋お七、また、無実の疑いをかけられた報復として、麹屋(こうじや)長左衛門を誘惑し、そのために自害する樽屋の女房おせん。この作品のヒロインを通して、転変たる運命に翻弄(ほんろう)されながら犯罪の渦中に入る女性の激しさ、あわれさを浮き彫りにした西鶴初期の傑作である。
[浅野 晃]
『暉峻康隆訳注『好色五人女』(角川文庫)』▽『東明雅他校注・訳『日本古典文学全集38 井原西鶴集 1』(1971・小学館)』
浮世草子。井原西鶴作。1686年(貞享3)刊。5巻25章。各巻すべて当時の歌謡,演劇,歌祭文などで喧伝された著名な事件をとりあげたモデル小説。巻一〈姿姫路清十郎物語〉は,手代清十郎と主家の娘お夏との恋をとりあげ,その駆落ち,清十郎の冤罪(えんざい)による処刑,お夏の出家を描いている。巻二〈情を入れし樽屋物語〉は,樽屋の女房おせんと麴屋(こうじや)長左衛門との姦通が樽屋によって発見され,おせんは自害し,長左衛門は処刑される。巻三〈中段に見る暦屋物語〉は,京の暦屋の手代茂右衛門と暦屋の女房おさんの姦通,駆落ち,発見された後の2人の処刑を描く。巻四〈恋草からげし八百屋物語〉は,江戸本郷の八百屋の娘お七と寺小姓吉三郎との恋をとりあげ,吉三郎に会いたさゆえに放火したお七は火刑に処せられ,吉三郎は出家する。巻五〈恋の山源五兵衛物語〉は,琉球屋の娘おまんと源五兵衛との恋をとりあげるが,本巻のみ,当時の草子の常套を守り,モデルの心中事件を変更してハッピー・エンドに終わらせている。このように本書は,当時著名な5組の男女の恋愛・姦通とその破綻とを主要なストーリーとしているが,恋に殉じた男女は,その悲劇的な枠の中で,はつらつと生きた人間として形象され,作中には笑いがはんらんしている。西鶴好色物の中ではもっとも親しみやすい作品であり,後世の小説や演劇に多くの影響を与えた。
執筆者:谷脇 理史
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浮世草子。5巻。井原西鶴作。1686年(貞享3)刊。演劇や歌謡でよく知られた5件の恋愛事件を素材にした作品。お夏と清十郎の密通(巻1),樽屋おせんと麹屋長左衛門の姦通(巻2),大経師おさんと茂右衛門の姦通(巻3),八百屋お七と吉三郎の悲恋(巻4),おまんと源五兵衛の恋(巻5)を描く。巻5を除き,いずれも悲劇的結末をむかえるが,個々の場面の趣向や,人間性あふれる人物造形が高い評価を得た。「日本古典文学大系」「日本古典文学全集」所収。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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…1914年9月東京帝国劇場でお夏を6世尾上梅幸,馬士を7世松本幸四郎により初演。台本は井原西鶴の《好色五人女》に材をとり舞踊劇革新の意図で作ったもの。1908年《お夏物狂い》として発表された。…
…1682年(天和2)11月から翌年2月にかけて,江戸で頻発した大火の見聞記で,細かい記録とともに,物語風に火災現場で活躍した人や放火犯人の様子などを書いている。とくに第11巻から第13巻までは,八百屋お七の事件を詳しく取り扱っていて,西鶴の《好色五人女》の素材として参考にすべきものが少なくない。【野田 寿雄】。…
…吉祥寺門前に住むならず者の吉三郎が,火事場泥棒をするためお七に放火を勧めたという。西鶴の《好色五人女》(1686)や浄瑠璃,歌舞伎で取り上げられるにつれ,お七が焼け出された1682年の大火をお七が放火した火事のように脚色し,〈お七火事〉と呼ぶようになった。【池上 彰彦】 火刑の3年後,西鶴の《好色五人女》の刊行で名高くなり,元禄期(1688‐1704)には歌祭文にうたわれて,小姓吉三とともに浮名を流した。…
※「好色五人女」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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