改訂新版 世界大百科事典 「カンアオイ」の意味・わかりやすい解説
カンアオイ (寒葵)
Heterotropa nipponica(F.Maek.)F.Maek.
観賞用に栽植されるウマノスズクサ科の常緑多年草。短縮し分枝した茎の先端から1~2枚の葉を出し,株をつくり群がる。葉はやや肉厚,ほこ形卵形で長さ6~10cm,全体が濃緑色のものや,いろいろな形の斑紋の発達したものがあり,多彩である。葉柄は紫色を帯びるが,色素をなくした緑色のものもある。葉間から,短い花梗をつけた花をつける。花被は3枚で,基部は合着し,完全な円筒をつくり,上部は3裂し開出する。筒状部の内壁には通常9本の縦に通る突出したしわと,それを階段状につなぐしわを有する。秋から冬にかけて開花し,晩春に熟した果実はくずれて種子を散布する。種子には脂肪を含む付属体があり,アリが好んで運搬するアリ散布型の種子形態を有する。本州の伊豆から関東地方に分布し,江戸時代から園芸界では細辛(さいしん)の名で趣味的に栽培されていた。野生品の葉の形,斑紋,葉柄の色,花の色などに多くの変異があるので,それらの変りものが,園芸品種として珍重された。カンアオイの地方的な変種に,本州の中部から近畿に分布するスズカカンアオイvar.brachypodion F.Maek.や,紀伊半島に分布するコウヤカンアオイvar.koyanum(Makino)F.Maek.がある。
カンアオイ属Heterotropaはフタバアオイ属Asarumにごく近縁な植物群であるが,常緑性の葉を有し,花被片の下部が完全に合着し,口縁部内側をひだ状突起がとりまくことで,多くは夏緑性で,花被の離生することのある後者からは区別でき,別属とされる。東アジアの暖温帯林の林床に分布の中心があり,本州から九州にかけて30種以上が知られ,南西諸島にも特有の種が数種,分布している。中国大陸の種については,まだよくわかっていないが,日本列島に産する種数か,それ以上の種が分化しているであろう。カンアオイ属の種は,カンアオイの分布でもわかるように,地理的に狭い分布域を有しており,しかも少し広い分布をする種では,種内に地理的な分化が認められることが多い。そのため日本で30種にものぼる種を産しているのだが,分類の困難な植物である。日本産の主要な種としては次のようなものがある。
タイリンアオイH.asaroides Morr.et Decne.(英名asarabacca-like heterotropa)は九州北部と山口県に分布する。三角状卵形で大型(長さ10cm以上)の葉を有し,4~6月に咲く花も名前のように大型で直径4cmに達する種。ヨーロッパには19世紀前半にP.F.vonシーボルトによって導入され,その大型の花が珍重された。タイリンアオイの群は屋久島にヤクシマアオイH.yakusimensis(Masam.)F.Maek.,九州南部にサツマアオイH.satsumensis F.Maek.,本州中部(静岡)にカギガタアオイH.curirstigma F.Maek.,伊豆にアマギカンアオイH.muramatsui F.Maek.,関東西部にタマノカンアオイH.tamaensis F.Maek.を産している。カギガタアオイはやや小さいが,すべての種で花被の筒部上縁で著しくつぼまった球状やつぼ形の筒部を有し,花被片もよく発達する。
ミヤコアオイH.aspera F.Maek.は四国,中国地方から関西地方に広く見られるカンアオイで,最初,京都付近のもので名がついたためにミヤコと呼ばれる。葉はほこ形の卵状楕円形で,長さ5~8cmほど,葉面に散毛がある。花は冬から春に咲き,長さ2cmほどで,筒部口縁部で少しくびれる。ヨーロッパに19世紀に導入されたコバナカンアオイH.parviflora Hook.(英名small-flowered heterotropa)は,園芸品でミヤコアオイに似て花形が少し異なるので,別種とされている。ナンゴクアオイH.crassa F.Maek.は葉が厚く,深緑色で広三角形,長さ10cmをこえるが,九州南部の吐噶喇(とから)列島や宇治群島に産する。
ランヨウアオイH.blumei F.Maek.は日本産のカンアオイ類では最も薄い葉質の種で,関東地方南部から伊豆にかけて分布する。葉は心形で基脚部は耳状に張り出し,葉裏の脈上に毛を有する。類縁のあると考えられる種には,四国に分布するサカワサイシンH.sakawana F.Maek.やトサノアオイH.costata F.Maek.がある。
ヒメカンアオイH.takaoi F.Maek.は東海地方から近畿,北陸の主として低地に分布する。名前のようにやや小型のカンアオイである。分布域が広く多形的であるが,分布の周辺域にいくつかの種が分化している。中部地方から北のブナ帯に分布するミヤマカンアオイH.fauriei F.Maek.,日本海側の富山県に分布するクロヒメカンアオイ,山形県,新潟県,長野県北部のコシノカンアオイH.megacalyx F.Maek.,太平洋側の箱根から伊豆に分布するオトメアオイH.savatieri F.Maek.などが近縁分化種である。
中国ではカンアオイ属の数種を,サイシン類と同様に薬用にするが,薬効は劣るとされている。日本でも喘息や腹痛の民間薬とされることがある。
執筆者:堀田 満
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報