イギリスの生物学者。サリー州ディッペンホール生まれ。13歳で、ロンドンにある名門イートン・カレッジに入学。昆虫など生命科学に関心をもっていたが、科学の成績が悪く、15歳のときに「科学の道を歩むとしたらそれは時間のむだ」という報告書を生物学教師からもらったという逸話もある。しかたなく以後3年間は、古代ギリシア、ラテン語などを学んだ。オックスフォード大学のクライストチャーチ・カレッジでも古典文学を学ぶ予定であったが、入学事務局の手違いで、そこには行けず、再試験の結果、念願の動物学への転籍が認められた。1956年に同大学大学院に進み、第一希望の昆虫学の担当教授に拒絶され、かわりにマイケル・フィッシュバーグMichail Fischberg(1918―1998)の指導を受け、核移植を専攻した。1960年に博士号を取得すると、アメリカ・カリフォルニア工科大学の博士研究員となる。1963年に母校オックスフォード大学動物学講座の助手として戻り、1965年に同講師になると同時にアメリカのカーネギー研究所の客員研究員(1年間)となった。1971年にケンブリッジ大学に移籍し、翌1972年に新設された医学研究会議(MRC:Medical Research Council)分子生物学研究所で研究し、1979年に細胞生物学学科長になった。1983年から2001年までケンブリッジ大学の細胞生物学講座の教授に就任。1989年に同大学にウエルカムトラスト/UKがん研究基金研究所を設立し、2001年まで所長を務めた。同研究所はガードンの功績をたたえ、2004年にウエルカムトラスト/がん研究基金ガードン研究所と改称した。
大学院生のときに、昆虫学から核移植に専攻を変えたガードンは、アフリカツメガエルの小腸の細胞の核を取り出し、紫外線で核を除いた未受精卵に移植する実験を試みた。当時、皮膚や腸などの細胞に一度分化(成長)した体細胞は万能性をもたないとされていたが、ガードンは細胞が「初期化」できるか否かを確認しようとしていた。1962年に核移植した卵細胞は分裂して、正常な胚(はい)となってオタマジャクシになったと世界で初めて発表した。この技術は、元の小腸のDNAとまったく同じ「クローン」技術とよばれたが、当時、生命科学の世界では懐疑的に受け取られていた。ガードンは、その後、カエルの成体からさまざまな細胞の核を取り出し、オタマジャクシをつくることに成功。他の研究者も、この技術を駆使して他の小動物でクローン作製が成功していくと、学界でも少しずつ受け入れられてきた。一気に、クローン技術が注目されたのは、1996年にイギリスの生物学者、イアン・ウィルムットIan Wilmut(1944―2023)が成功したクローン羊「ドリー」によってである。初めての哺乳(ほにゅう)類でのクローン動物の誕生を契機に、以後、マウス、ウシ、ブタなどのさまざまな動物でクローンが生まれるなど、今日のクローン技術の礎(いしずえ)となった。クローン技術は、体細胞も初期化されることから、それまで否定されていた体細胞の核にも、あらゆる細胞に成長する万能性をもつ遺伝子が存在するという細胞可塑性を初めて示す生命科学のパラダイムシフトとなった。
1977年パウル・エールリヒ&ルートウィッヒ・ダルムシュテッター賞(ドイツ)を受賞し、1980年アメリカ科学アカデミーの外国人会員となった。1985年イギリスのロイヤル・メダル、1987年(昭和62)国際生物学賞(日本学術振興会)、1989年ウルフ賞医学部門を受賞。1995年「ナイト」の称号を授与された。2003年コプリー・メダル、2008年ローゼンスティール賞、2009年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞、2012年に「分化した成熟細胞が初期化され、万能性をもつことの発見」の業績で、京都大学教授の山中伸弥(やまなかしんや)とともにノーベル医学生理学賞を受賞した。
[玉村 治 2021年9月17日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
イギリスの発生生物学者。イートン校,オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジを卒業。同大講師を経て英国医学研究振興会分子生物学研究所所員。アフリカツメガエルやヒョウガエルを用い,未受精卵に紫外線照射をして核を不活性化し,そこへ分化が進んだ小腸上皮細胞の核を挿入する(核移植法)と正常なオタマジャクシが発生することを見いだした。また,核移植をして発生させたカエル初期胚の核を紫外線処理した未受精卵に挿入(継代核移植法)してもオタマジャクシが得られた。そして,これらの実験をもとに発生過程における核と細胞質,細胞分化と遺伝子の相互関係を研究した。核移植により遺伝学的に同一組成の個体(クローン動物)が得られることはすでに知られていたが,ガードンは分化が進んだ核の発生能力を初めて明確にしたことから,クローン人間への理論的可能性を開くものとして大きな関心を呼んだ。
執筆者:溝口 元
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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