山中伸弥(読み)ヤマナカシンヤ

デジタル大辞泉 「山中伸弥」の意味・読み・例文・類語

やまなか‐しんや【山中伸弥】

[1962~ ]医学者。大阪の生まれ。整形外科の臨床研修医を経て研究者に転身。米国留学時にES細胞を研究し、帰国後の平成18年(2006)マウスの皮膚細胞からiPS細胞を作製することに成功。平成19年(2007)にはヒトの皮膚細胞でも成功し、再生医療実現への道を開いた。平成21年(2009)ガードナー国際賞ラスカー賞を受賞。平成23年(2011)ウルフ賞受賞。平成24年(2012)、ジョン=ガードンとともにノーベル生理学医学賞を受賞。同年、文化勲章受章。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「山中伸弥」の意味・わかりやすい解説

山中伸弥
やまなかしんや
(1962― )

医学者。大阪府出身。1987年(昭和62)に神戸大学医学部卒業、1993年(平成5)に大阪市立大学で博士号取得後、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)グラッドストーン研究所に博士研究員(postdoctoral fellow、略してポスドクともいう)として留学。1996年に大阪市立大学助手、1999年に奈良先端科学技術大学院大学助教授、2003年(平成15)同大学教授、2004年に京都大学再生医科学研究所教授、2010年京都大学iPS細胞研究所所長となった。人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)の研究で多大な業績を築く。

 iPS細胞研究所では、多くのボランティアから集めた血液をもとにつくったiPS細胞を蓄積し、臨床研究や創薬につなげる「iPSストックプロジェクト」をはじめ、2015年8月から出荷を開始した。2020年(令和2)には、iPSストックプロジェクトなどを推進する公益財団法人「京都大学iPS細胞研究財団」の理事長にも就任した。2007年8月からグラッドストーン研究所上席研究員を務め、現在も日米を行き来して研究を続けている。

 山中は、整形外科医としてキャリアを積んだが、病気の治療に役だつ、すべての臓器に分化することのできる幹細胞万能細胞」に興味をいだき、基礎研究の道に転換した。最初に取り組んだのは、なぜ「胚(はい)性幹細胞」(ES細胞:embryonic stem cell)が、万能性を獲得するのか、であった。ES細胞は、卵子と精子が結合した胚(受精卵)が分割した後にでき、人体のすべての細胞や器官を形づくるための大もとになる万能細胞である。このES細胞をうまく誘導すれば、目的とする臓器や細胞をつくりだし、さまざまな病気の治療に応用することが可能になる。しかし、人間のES細胞を作製するには、生命の根源となる「受精卵」を破壊しなくてはならないため、初期の胎児を殺してしまうことになるとして、倫理上の問題が指摘されていた。

 奈良先端科技大学院大学にいた山中は、弟子の高橋和利(かずとし)(1977― )(現、京都大学iPS細胞研究所特定拠点准教授)らと、ES細胞で活発に発現し、ES細胞に必要だと考えられる遺伝子を100種類に絞り、その働きを調べて、さらに24の遺伝子に絞り込んだ。この24遺伝子を一つずつ、マウスの胚性線維芽細胞(皮膚細胞)に入れて、ES細胞に似た細胞ができるか調べたが、できなかった。そこで、どの遺伝子がES細胞に不可欠かを調べるために、24遺伝子のうち1遺伝子を減らした23遺伝子を皮膚細胞に挿入することを24回繰り返した。その結果、最終的に体細胞を初期化するのに重要な四つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4)を特定した。「山中4因子」とよばれるこの四つの遺伝子を導入すると、マウスの皮膚細胞が、ES細胞と同じように分化していくことを世界で初めて確認した。こうしてできた万能細胞を「iPS細胞」と命名し、2006年アメリカの科学誌「Cell(セル)」に発表した。さらに、2007年には、人間の皮膚に4種類の遺伝子を挿入するだけでES細胞と同様のヒトのiPS細胞を樹立することにも成功し、これも「Cell」に論文を掲載して世界的に注目を集めた。

 iPS細胞は、ほぼ無限に増殖して人間の神経、筋肉、骨などあらゆる臓器や皮膚などの細胞になりうるため、再生医療への道を大きく切り開くことになった。とくに自分の細胞を使えば、免疫拒絶反応のない治療として期待される。

 iPSストックプロジェクトは、拒絶反応の少ないタイプのHLA(ヒト白血球抗原human leukocyte antigen)をもつボランティア数百人の血液細胞から作製したiPS細胞をストック化したものである。その出荷が始まった2015年以降、iPSによる臨床応用や創薬研究が本格化した。国内でも、滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑(おうはん)変性症、パーキンソン病、角膜上皮幹細胞疲弊症、虚血性心疾患などの心疾患の治療が始まり、一部成果も出ている。難病患者から作製したiPS細胞を使って、新薬の探索だけでなく、既存薬の新たな効用なども調べられている。

 2008年に紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章、2010年に文化功労者に選ばれる。2008年にロベルト・コッホ賞、2009年にガードナー国際賞、アルバート・ラスカー基礎医学研究賞、2010年に京都賞を受賞。さらに2012年には、体細胞の核移植によって細胞の初期化に成功した、イギリスのジョン・ガードンとともに「体細胞のリプログラミング(初期化)による多能性獲得の発見」の業績でノーベル医学生理学賞を受賞した。同年、文化勲章を受章。2013年に日本学士院会員、2015年アメリカ医学アカデミー国際会員、フランス科学アカデミー外国人会員にも選出されている。

[玉村 治 2021年9月17日]

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百科事典マイペディア 「山中伸弥」の意味・わかりやすい解説

山中伸弥【やまなかしんや】

医学者,医学博士。京都大学教授。京都大学iPS細胞研究所所長。大阪府生れ。神戸大学医学部卒業後,大阪市立大学大学院医学研究科博士課程修了。奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター教授を経て,2004年10月より京都大学再生医科学研究所教授を務める。2007年11月,山中ら京都大学の研究グループはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)の生成技術に関する論文を米科学雑誌〈セル〉(電子版)に発表し,一躍世界的な注目を集めた。iPS細胞とは,成人の皮膚細胞に4種類の遺伝子を導入することで神経や筋肉,骨などあらゆる細胞に変化する万能性を持たせた細胞のこと。この細胞の生成技術の開発により,拒絶反応のない再生医療の実現が期待されている。文部科学省は同論文の発表を受けて,再生医療技術の研究開発に70億円を投入し,iPS細胞を使った再生医療の実用化をめざすことを表明した。2008年1月京都大学にiPS細胞研究センターが設立され,山中は同センター長に就任した。2009年国際ガードナー賞受賞。2010年4月1日,iPS細胞研究センターは京都大学の附置研究所として〈iPS細胞研究所〉に改組し,初代研究所長に山中(現iCeMS教授)が就任した。2012年,〈成熟細胞が初期化され多様性をもつことの発見〉によりノーベル生理学・医学賞受賞。iPS細胞を用いた再生医療への取り組みは,着実に成果をあげつつある。iPS細胞induced pluriponent stem cellの表記と呼び名をiPSとしたことについて,発見当時普及しつつあった小型携帯電子機器の名前にあやかったと説明した。2008年紫綬褒章受章,2010年文化功労者,2012年文化勲章受章。
→関連項目京都大学iPS細胞研究所ノーベル賞

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「山中伸弥」の意味・わかりやすい解説

山中伸弥
やまなかしんや

[生]1962.9.4. 大阪,東大阪市
日本の基礎医学者。人工多能性幹細胞(iPS細胞)を開発し,細胞の初期化と多能性獲得の発見で 2012年のノーベル生理学・医学賞をイギリスのジョン・ガードンと共同受賞。1987年神戸大学医学部卒業,国立大阪病院の臨床研修を経て,大阪市立大学医学研究科を 1993年に修了し医学博士号を取得。1993~96年,アメリカ合衆国グラッドストーン研究所で博士研究員を務める。大阪市立大学助手を経て 1999年,奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授,2003年同教授,2004年京都大学再生医科学研究所教授になり,2010年から京都大学iPS細胞研究所(CiRA)所長。奈良先端科学技術大学院大学に赴任以降,胚性幹細胞(ES細胞)の基礎に興味をもち,体細胞を「初期化」して多能性をもった細胞をつくることを目指して研究を続けた。遺伝子データベースの使用などにより体細胞を初期化する遺伝子の候補を 24個まで絞ることに成功したのち,2006年には助教の高橋和利と,皮膚の線維芽細胞に 4個の遺伝子を導入するだけで ES細胞様の多能性幹細胞ができることを発見,iPS細胞の樹立に世界で初めて成功した。iPS細胞は ES細胞の欠点を補うものとして注目されたが,翌 2007年,ヒトの線維芽細胞からも iPS細胞を樹立できることを示し,世界の研究に火をつけた。iPS細胞はそれまで再生医療のツールとなっていた ES細胞の欠点(受精卵を壊さなければならないという倫理問題,免疫的拒絶反応が回避できないという技術的問題)をもたず,網膜や脳や脊髄神経の再生など,再生医療への利用が期待されている。2010年4月,京都大学に iPS細胞の基礎・応用研究に挑む iPS細胞研究所が設置され,その所長に就任した。アルバート・ラスカー基礎医学研究賞(2009),京都賞先端技術部門(2010),ウルフ賞医学部門(2011)など国際的な受賞多数。2012年文化勲章を授与された。

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知恵蔵 「山中伸弥」の解説

山中伸弥

1962年9月4日、大阪府生まれの医学者、医学博士。人工多能性細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)の生みの親。
2006年に世界で初めてマウスの皮膚細胞からiPS細胞を作り出すことに成功。07年には、人間の皮膚細胞からiPS細胞を作製する技術を開発した。
iPS細胞の作製成功により、11年のノーベル医学・生理学賞の有力候補の1人だと報じられていたものの、11年度の受賞はかなわなかった。11年現在はiPS細胞に特化した基礎から応用までの研究を行う京都大学iPS細胞研究所所長として、人間のiPS細胞技術の実用化を目指して研究を行っている。
iPS細胞とは、身体のあらゆる細胞に分化する能力を持つ細胞のこと。病気の原因の解明や、新しい薬の開発、また神経や筋肉、目の組織など目的の細胞や組織を作り出して移植する再生医療などに活用できると期待されている。同じように様々な組織や臓器の細胞に分化する能力を持つ細胞にES細胞がある。ES細胞は、これから育っていくはずの受精卵から細胞を取り出しそれを培養して作製されるため、倫理的・宗教的な問題があり、各国政府がES細胞研究の規制に乗り出していた。
皮膚などの体細胞から作ることができるiPS細胞は、こうした倫理的・宗教的問題を回避できることから、再生医療を始めとする様々な医療に大いに貢献すると期待されている。

(星野美穂  フリーライター / 2011年)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山中伸弥」の解説

山中伸弥 やまなか-しんや

1962- 平成時代の医学者,幹細胞生物学者,発生工学者。
昭和37年9月4日生まれ。大阪市立大助手などをへて,奈良先端科学技術大学院大助教授となり,平成15年同大教授,16年京大教授。18年世界ではじめてマウスの皮膚細胞からさまざまな臓器・組織の細胞に成長する能力をもつ万能細胞(人工多能性幹細胞=iPS細胞)をつくることに成功。19年にはヒト皮膚細胞でも成功した。平成18年日本学術振興会賞,19年大阪科学賞,20年朝日賞。21年ガードナー国際賞,同年イギリス・ケンブリッジ大のジョン・ガードンとともにラスカー基礎医学賞。22年「人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立」で学士院恩賜賞。同年京大iPS細胞研究所の初代所長,京都賞を受賞。22年文化功労者。23年ウルフ賞(医学部門)をルドルフ・イエーニッシュ(マサチューセッツ工科大教授)と共同受賞。24年ノーベル生理学・医学賞を受賞。同年文化勲章を受勲。25年第1回生命科学ブレークスルー賞。同年学士院会員。大阪府出身。神戸大卒。

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