日本大百科全書(ニッポニカ) 「クォーク理論」の意味・わかりやすい解説
クォーク理論
くぉーくりろん
quark theory
ハドロンとよばれる一群の素粒子は、クォークと名づけられた基本粒子の束縛系であるとする学説。
量子力学と相対性原理の要請により、物質の基本構成要素は粒子の概念でとらえられる。今日、素粒子は数百種も発見されているが、(1)電子に代表される軽粒子、(2)陽子・中性子やパイオン(湯川理論の中間子)の属するハドロン、(3)光子、重力子、弱ボソン(ボース粒子)、色(いろ)グルーオン、ヒッグス粒子の属する媒介子属、の3群に分類される。軽粒子属は電子(e)、μ(ミュー)粒子、τ(タウ)粒子とそれらに付随した中性微子(νe、νμ、ντ)の六つと、それらの反粒子しか知られていない。媒介子属は理論的考察からの要請は別として、実験的に確認されていないのは重力子のみである。数百の素粒子はほとんどがハドロン属に属する。これら数百のハドロンをすべて文字どおり「素」粒子とは考えがたい。素粒子をより基本的な粒子の束縛系とみなす考えはクォーク模型quark modelとよばれる。この考えは1949年にフェルミと楊振寧(ようしんねい/ヤンチェンニン)により提唱され、坂田昌一(しょういち)により発展させられた。しかし、坂田の模型は基本粒子として既知の陽子、中性子、Λ(ラムダ)粒子を採用していたため、重粒子(バリオンともいい、スピン半整数のハドロン。整数スピンのものはメソンあるいは中間子とよばれる)の特徴的性質の説明に失敗した。この困難克服のためゲルマンは1964年、基本粒子として核子数1/3で電荷が2/3のもの(u)と電荷-1/3のもの二つ(d、s)を導入し、それらをクォークと名づけた(電子の電荷を-1とする)。この模型においては陽子・中性子などのバリオンはクォーク3体の、パイオンなどのメソンはクォークと反クォークの束縛状態と考えられている。
その後の理論的実験的研究により、クォークは6種類以上(u、d、c、s、t、b)あるべきこと(実験的には1994年に最後に存在が確認されたt(トップtop)クォークを含め、6種類のクォークはすべて発見された)、そして一つのクォークには三つの異なる状態があることがわかってきた。クォークには色はないが、その三つを赤・青・緑の色電荷をもった状態とよんでいる。クォークの束縛系として許されるのは三つの色電荷を合わせた「白色」状態のみであると表現できる便利さから、この名前が使われている。クォークの運動を記述する力学は量子色力学(QCD)とよばれる。この理論はSU(3)ゲージ理論ともよばれ、8個の色グルーオンがクォークの色電荷の間に交換されることによりクォーク間の束縛力をつくりだすとする。
クォークの存在に疑点はないものの、単一のクォークはまだ観測されていない。クォークの色電荷を源とする「色」電場は量子色力学の真空の性質により等方的に広がることなく、一次元的に絞られ、糸状となる。この糸がクォークを相互に結び付けていると考えられている。「白色」以外の状態では、この糸が無限大の長さとなり、エネルギーが無限大となるため存在できない。このため単独でクォークは存在できないと考えられている。この考えをクォークの閉じ込めという。理論的分析やコンピュータによる数値実験から、量子色力学はクォークの閉じ込めを実現していると考えられている。
[益川敏英]
『近藤都登著『トップクォークの発見』(1996・丸善)』▽『小暮陽三著『絵でわかるクォーク』(1998・日本実業出版社)』▽『小林昭三他著、和田純夫監修『図解雑学 素粒子・クォークのはなし』(2003・ナツメ社)』▽『南部陽一郎著『クォーク――素粒子物理はどこまで進んできたか』第2版(講談社・ブルーバックス)』