日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゲンス」の意味・わかりやすい解説
ゲンス
げんす
gens ラテン語
古代ローマ社会において、祖先と名前(氏族名)を共有するとの意識で結ばれた複数の家族からなる集団。いわゆる氏族。男子ローマ市民は、原則として、個人名praenomen、氏族名nomen、付属名(家族名)cognomenの三つの名を有した(たとえば、ガイウス・ユリウス・カエサルは、ユリア氏族の成員)。一説では、先史時代のローマはそれぞれ多数の被護民を抱えた氏族共同体を基本単位とする社会であり、土地も各氏族内で共有されたといわれるが、この氏族と歴史時代の氏族の連続性に関しては諸説ある。歴史時代のローマでは、パトリキ(旧貴族)、プレブス(平民)両身分について多数の氏族の存在が知られ(たとえば、紀元前367年にパトリキの氏族は22あり、81家族を含んでいた)、パトリキの氏族のなかに、さらに大氏族gentes maiores、小氏族gentes minoresの別があった。これらにはもはや社会の基本単位としての意味はなく、各氏族の集会では共同の祭祀(さいし)、氏族成員の遺言、養子縁組など、家族法にかかわる案件が処理されるのみであったが、ただし、共和政期の事実上の支配階級であるノビレス(貴顕貴族、高位の政務官就任者の子孫)集団においては、氏族はなお政治的機能を果たした。すなわち、元老院の首席には大氏族出身者しかなれず、また一氏族あるいは2、3の氏族の連合が政務官選挙の際に協力しあって官職を独占する現象がみられた。これらは、近代的「政党」とは厳密に区別されるものの、一種の派閥であることは確かであり、一氏族が一つの政策、路線を掲げる例も指摘されている。
なお、ゲルマン人の社会についてローマ人は「下位の政治組織単位キーウィタースの上により上位の単位ゲンス(部族)があった」と説明している。
[栗田伸子]