クライスト作の喜劇。1806年刊。スイス滞在中の作者が一枚の銅版画から着想したものという。オランダの小村の男やもめの村長アーダムは,若い村娘エーフェに言い寄って,夜その部屋に忍び込むが,婚約者の若者に不意を襲われ逃げるはずみに娘の母親であるやもめが大切にしていた水甕を壊してしまう。劇は翌朝村長があちこちけがをしてうなっているところから始まるが,折も折,中央から司法顧問官のワルターが見回りに立ち寄ったのと,運悪く開廷日とあって,怒ったやもめが割れた水甕を抱え,娘の婚約者を犯人だといって訴え出て来るので,村長はとうとう裁判を行わねばならなくなり,さんざん悪戦苦闘したが,結局自分で自分を裁くはめに陥って逃げ出すという筋。田園的・艶笑的題材に権力風刺とオイディプス的悲劇が加味されたものといえよう。ワイマールでの初演はこの一幕物を3幕に分けたゲーテの演出で失敗に終わった。
執筆者:中田 美喜
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ドイツの劇作家クライストの一幕喜劇。1806年成立、08年ワイマールで初演。近代ドイツ喜劇の代表的傑作。オランダの農村を舞台にした裁判劇。好色な裁判官アダムは闇夜(あんや)、村の娘エーフェ(イブ)の部屋に忍び込むが、彼女の恋人ループレヒトと鉢合わせし、窓から飛び落ちる。そのとき由緒のある甕を壊し、足を痛め、裁判官の鬘(かつら)まで落っことす。翌日エーフェの母が「こわれ甕」を手に、ループレヒトを訴えるに及んで、アダムは自分が犯人であるこの一件を裁くはめになる。おりから巡察中の司法顧問官の監督下、彼は罪を他人に着せようと躍起になる。だがアダムのようすから真相を先刻承知の観客の前で、彼の詭弁(きべん)や嘘(うそ)八百の化けの皮が次々にはげ落ちる。隠したり暴いたりの巧妙な言語遊戯も見ものである。アダムの出たとこ勝負の大芝居は、この作を状況喜劇のみならず出色の性格喜劇にもしている。アダムに憎めない悪人をみるときは牧歌的人間喜劇の趣(おもむき)が濃いが、社会体制の権力に対する批判や風刺のリアリズム喜劇とする見方もある。
[中村志朗]
『手塚富雄訳『こわれがめ』(岩波文庫)』
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