日本大百科全書(ニッポニカ) 「ザトウムシ」の意味・わかりやすい解説
ザトウムシ
ざとうむし / 座頭虫
節足動物門クモ形綱ザトウムシ目Opilionesの陸生動物の総称。最長の第2脚(前から2番目の歩脚)を前方に伸ばして歩くようすが、盲人が杖(つえ)でさぐりながら歩く姿に似ていることから、和名に「ザトウ」(座頭=僧体の盲人のこと)が使われた。「メクラグモ」ともよばれていたが、1970年代以後、この仲間やほかの土壌動物の専門家の間ではほとんど使用されていない。英名のharvestman(収穫する人)は、秋の収穫の季節に姿がよく見かけられるためといわれる。愛称として使われるdaddy-long-legs(あしながおじさん)は昆虫のガガンボ(カガンボ)などをさすこともあるため注意が必要である。日本でも「あしながぐも」(北海道・東北地方など)、「いねかりむし」(岩手県。もぎとった脚が鎌(かま)で稲を刈るような動きをすることから)などの方言がある。一見クモ(クモ目)に似るが、糸を出すことはなく、クモ形綱内部での類縁も遠い。豆粒のような体に著しく長い4対の歩脚をもつのが特徴。
[鶴崎展巨]
形態
体長はふつう数ミリメートルから1センチメートル以内。体は頭胸部と腹部に分かれる。それらの境界は明瞭(めいりょう)であるが、くびれることはなくずんどう(クモは細くくびれる)。頭胸部背面の眼丘(がんきゅう)上につねに1対の単眼がある(ダニザトウムシ亜目と一部の洞穴性種では無眼)。腹部には約10体節が認められるが、最初の5体節ほどは融合して一つの背甲を形成することが多い。頭胸部前方の側縁に臭腺(しゅうせん)の開口が1対ある。付属肢は前方より1対の鋏角(きょうかく)、1対の触肢、4対の著しく長い歩脚の合計6対からなる。3節からなる鋏角ははさみ状。触肢は6節からなり、先端に爪を備えることが多い。触肢はヒゲザトウムシ亜目では比較的単純だが、アカザトウムシ亜目では多くの棘(とげ)状突起を備え、しばしば鎌状になる。歩脚はそれぞれ7節からなるが、末端の跗節(ふせつ)はさらに多数の小節に分節するためしなやかに曲がり、これで細い枝などをつかむことができる。頭胸部下面に付着する4対の歩脚基節の間に生殖板があり、生殖器(雄の陰茎、雌の産卵管)は交尾や産卵時以外はこの内側に収納されている。体色は赤褐色、茶褐色、黒褐色などをベースに暗色斑(はん)を交えるのが基本で、液浸標本でも変色が少ない。アカザトウムシ亜目では赤みがかった飴(あめ)色を呈するものが多い。呼吸は気管系。
[鶴崎展巨]
生態
おもに森林内の樹幹、灌木(かんぼく)上、草本上、湿った崖地(がけち)や岩上、地表の落葉落枝層などで生活するが、山地草原などにも出現する。海岸の岩陰に生息する種(ヒトハリザトウムシ)もある。小形の節足動物や陸貝、ミミズなどを捕食するが、新鮮であればそれらの死体も食べる。地面に落ちた漿果(しょうか)(クワの実など)に集まることがあるほか、飼育下ではパン、ビスケットなどを好んで食べる。年1化性、卵越冬で、夏から秋にかけて成体がみられるものが多いが、幼体越冬で成体が春季に出るものや、成体越冬の種もある。アカザトウムシ亜目やダニザトウムシ亜目では寿命が数年に及ぶものも知られる。クモ形綱では唯一、すべての種が真正の交尾を行う。ただし、日本産の種の約1割に相当する8種は産雌単為生殖種で、両性生殖集団を併存させる一部の種以外では雌しかみられない。
[鶴崎展巨]
分布と分類
両極と砂漠を除きほとんど世界中に分布する。現在のところ、次の3亜目のもとに約4600種が記載されている。ダニザトウムシ亜目(6科110種)、アカザトウムシ亜目(24科約2500種)、ヒゲザトウムシ亜目(14科約2000種)。うち日本産は、それぞれ1科1種(関東地方西南部のみ)、6科20種、7科62種の合計83種が既知である。飛行などの効果的な分散手段をもたず、また乾燥に弱い本類は、地理的隔離の影響を受けやすく、多くの種で外部形態や染色体などにしばしば顕著な地理的分化が認められる。
[鶴崎展巨]