日本大百科全書(ニッポニカ) 「シュニーマン」の意味・わかりやすい解説
シュニーマン
しゅにーまん
Carolee Schneemann
(1939―2019)
アメリカのパフォーミング・アーティスト。ペンシルベニア州フォックス・チェースに生まれる。自分の月経血を身体に付着させたり、生きている蛇を裸体に這(は)わせるなどの過激なパフォーマンスで有名になった。シュニーマンは、1975年に自ら演出したパフォーマンス『体内からの巻物』において、股間から細く折り目のついた紐(ひも)状の紙を片手でずるずると引き出し、紐の先端をもう片方の手で顔まで掲げ、そこに書かれている文字を読み上げるという行為を行った。彼女のパフォーマンスは、過激さを売りものにする肉体表現のなかでもかなり際立っていた。女性器に詰め込んだものを引き出して見せるというのは、ストリップ・ダンスの行為やポルノグラフィックな見世物ともいえるが、当時のアメリカの非常に閉鎖的な性に関する既成概念への挑戦であった。それは、西洋社会における禁欲主義や女性に対する差別や抑圧への告発であり、男性中心主義に対する明確なアンチテーゼだった。1970年代はフェミニズムが活発化した時期であり、西洋文化圏における性的慣習についての分析が進むなか、フロイトの理論によるペニス的能動性・バギナ的受動性という考えにもとづく男根主義が、フェミニストのシンプルな批判対象となった。
シュニーマンの、月経の血液で顔にドローイングをして全裸で横たわり身体に蛇を這わせるパフォーマンス『目・肉体』(1963)などは、ギリシア神話のメドゥーサを想起させるものである。シュニーマンの作品に対する批評では、蛇は「女性、水、治癒と関連する再生、豊饒の普遍的な象徴」(ルーシー・リッパードLucy Lippard、1937― )であり、血液は「女性の豊饒と自己の内的深奥性」(マーシャル・バーマンMarshall Berman、1940―2013)を表す、といわれる。それらの作品をとおして、彼女は肉体全体に孕(はら)んでいるセクシュアリティや性欲を背徳とするキリスト教的道徳観と戦うことで性の解放を体現した。彼女のパフォーマンスは、ジェンダー意識の改革を促進させただけではなく、身体におけるアイデンティティの探求や、美術における私的なるものへのアプローチを確立させた。
シュニーマンが「政治は私的なもの」というように、彼女はパフォーマンスによって性と政治を直結させた。この考えは、初期フェミニズムのスローガン「個人的なことは政治的である」と同一であり、美術と女性性の問題がすでに政治的なものを孕んでいることを意味していた。その後のアメリカのパフォーマンスは、1980年代に入ってローリー・アンダーソンに代表されるような音楽、ダンス、視覚芸術、映像などを駆使したエンターテインメント性を含んだ総合芸術に変化してゆく。
[嘉藤笑子]
『藤枝晃雄著「落穂を拾う身体」(『美術手帖』1985年10月号「特集パフォーマンス」所収・美術出版社)』▽『石井弥夢著「女性性の分岐点――サイボーグ・フェミニズムを超えて」(『美術手帖』1991年4月号「特集フェミニティのゆくえ――『女性』とアート」所収・美術出版社)』▽『越智和弘著「キャロリー・シュニーマン――おぞましき女体・文化論(1)」(『武蔵野美術』1998年10月号・武蔵野美術大学)』