真空中を光速に近い速度で運動する荷電粒子が,磁場により円軌道を描くときにエネルギーの一部を電磁波として放出する現象およびその電磁波のこと。シンクロトロン軌道放射あるいはその英語synchrotron orbital radiationを略してSOR(ソール)とも呼ばれる。1940年代後半に初めて観測され,その後,高エネルギーの円形電子加速器の重大なエネルギー損失機構として,素粒子あるいは高エネルギー物理学実験にとって有害と考えられていた。しかし60年ごろから物質科学研究のうえでX線,軟X線領域の優れた光源であるとの認識が高まり,現在ではこの放射専用の円形加速器がつくられており,とくに高エネルギーの電子あるいは陽電子ストレージリングが有用である。
シンクロトロン放射はX線,軟X線,真空紫外光,可視光,赤外線領域にわたる連続スペクトル分布をもつ強力な光源であり,しかも放射スペクトルのエネルギー分布や角度分布などについては厳密に理論計算が可能なため,標準光源としても利用価値が高い。光速度をc,電子速度をvとすると,vがcに近づくにつれてこの放射は相対論的効果により円軌道の接線方向前方に集中する。放射強度の角度分布は放射の波長に依存するが,臨界波長付近では半頂角の円錐の内部に集中しており,長波長になるに従ってより広がった分布をもつ。したがって軌道面(水平面)内では360度を掃引するが,X線や軟X線領域の放射については垂直方向にはレーザーなみの優れた指向性をもつ。さらに水平面内では全波長範囲にわたって完全な直線偏光であり,また軌道面の上下では左右楕円偏光である。放射強度はリングを周回する全電子数nに比例するので,指数関数的に数時間で緩やかに減衰するきわめて安定な光源である。さらに短い時間スケールで見れば,シンクロトロン放射は高周波加速に同期して数ナノ秒から数マイクロ秒で繰り返すサブナノ秒からピコ秒程度の幅の光パルスである。リングは通常,超高真空に排気されているので,そこからのシンクロトロン放射は清浄光源として利用価値が高い。連続スペクトルから分光器を使って単色光を取り出し,物質の応答を研究することが70年代後半より急激に盛んとなってきており,現在では物性科学(工学,物理学,化学,医学,生物学など)の広範な分野に利用されている。さらに強力な高輝度光源として,円形加速器の直線部に超伝導磁石などを挿入したものも開発されている。なお,天体から出ている電波やX線にもこのシンクロトロン放射によるものがある。
執筆者:菅 滋正
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
シンクロトロン中を周回する電子が電磁波を発生することを発見した(1947年)ことにちなんで,シンクロトロン放射(光)(synchrotron radiation,SR),または軌道放射(光)(synchrotron orbital radiation,SOR)とよばれてきたが,近年,わが国では単に放射光という場合が多い.相対論的な速度で運動する荷電粒子が,磁場による向心加速度を受けつつ軌道を曲げるときに,その接線方向にSRを放出する.地上では加速器の偏向電磁石から,宇宙では中性子星の強い磁場によるSRが観測されている.荷電粒子を加速して高エネルギーを得るには,SRによるエネルギー損失(エネルギーの4乗に比例)は重大な障害であるが,光科学,X線科学サイドからは,ほかに類をみないきわめて有力な光源である.SRは
(1)γ線,硬X線領域から赤外,電波領域にわたる連続光源である,
(2)収束性が強く輝度が高い,
(3)その強度・偏光性が計算とよく一致するので,幅広い波長域にわたる標準光源となる,
(4)光以外のものを発しない光源である,
(5)アンジュレーター,ウィグラーといった挿入光源により輝度を上げ,さらに直線偏光,円偏光などを自在に発生できる,
などのユニークな特徴をもつ.X線回折,X線発光分析,光電子分光,光加工技術などは,そのけた違いの強度によって量的に圧倒的な進歩をとげただけではなく,従来,不可能であった検出が可能になったので,質的にも革新的な進歩をとげた.X線吸収微細構造に代表されるあらたな検出技術も,SRの出現によってはじめて大々的に開発された.SR専用の電子(あるいは陽電子)蓄積リングをもつ放射光施設が次々と建設され,SRは最先端科学の主要な一翼を担っており,巨大タンパクの構造決定やナノサイエンスなどの研究が活発に展開されている.応用面では,医療用の診断(たとえば,心臓などの血管造影撮影)や,超LSI用リソグラフィーにも利用されようとしている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
高エネルギーの電子が磁場中で円運動あるいはらせん運動するとき、軌道の曲率中心の方向へ加速度を受け、それによって電磁波が放射される。この電磁波は電子シンクロトロンで初めて観測されたので、その加速器の名にちなんでシンクロトロン放射とよばれる。放射強度は荷電粒子の質量が小さいほうが大きく、電子と陽電子の場合がもっとも大きい。相対論的効果のために電子の円形加速器から得られるシンクロトロン放射は次のような特徴をもつ。(1)広い波長域にわたって連続なスペクトル分布をもっている。短波長側は急激に立ち上がり、長波長側はなだらかな尾を引いている。ピークの波長は
λP[Å]=2.35×R[m]/E3[GeV]
で与えられる(Eは電子エネルギー、Rは軌道半径)。(2)指向性が高く、軌道の前方、接線方向を中心に半角がmc2/Eの円錐(えんすい)中に集中する(mは電子の質量、cは光速度)。(3)高度の偏光性がある。軌道面に平行な放射は、電気ベクトルが軌道面に平行な直線偏光であり、軌道面から上下に傾いた方向では楕円(だえん)偏光である。なお、これらの諸特性は理論的に計算できる。さらに(4)高周波加速のために、一定間隔で繰り返される、きわめて短いパルス光である。
多くの電子を長時間周回させる円形加速器は電子ストーレッジリングとよばれ、シンクロトロン放射を光源として利用する場合に用いられる。電子エネルギーが数百メガボルトのときは放射スペクトルは極紫外線から軟X線の波長域にあり、数ギガ電子ボルトでX線の波長域になる。これらの放射の強度は同じ波長域の他の光源に比べて桁(けた)違いに大きい。一方、天体でも高エネルギーの電子が磁場の作用でシンクロトロン放射を生じ、その電波やX線の成分が観測されている。
[菊田惺志]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… 連続X線を得る方法として,日本を含む先進国では電子シンクロトロンの利用が進んでいる。電子シンクロトロンで加速された電子から電子軌道の接線方向に波長が連続し,きわめて平行性のよい強力なX線がパルス状に放射されるのを利用するもので,これをシンクロトロン放射とか放射光X線と呼んでいる。日本には筑波の高エネルギー物理学研究所に硬X線領域まで発生できる放射光施設があり,1982年秋からテスト的利用が開始されている。…
…フレアではエネルギーの高い電子が作られるが,これらの電子が磁場をもつプラズマ中を運動することによって放射する強い電波がバーストとして観測される。高エネルギー電子が黒点上層の磁力線のまわりを旋回するときにだすシンクロトロン放射は,センチメートル波帯バーストの有力な放射機構と考えられており,またコロナの中で高速電子流が作るプラズマ振動は,メートル波帯で観測される種々の型のバーストの放射機構と考えられている。このように一部のエネルギーの高い電子によって放射される電波を非熱的放射と呼んでいる。…
…この種の電波源は高い周波数でも電波が強く,銀河面に沿って分布するなどの特徴を有し,星の誕生する領域を示す指標として使われている。 第2は,高エネルギーの電子の運動が磁場のために曲げられて発生する加速度によって放射される電波で,粒子加速器で起こる同じ原理による発光にちなんでシンクロトロン放射,あるいは熱運動をする電子からはほとんど放射されないことから非熱的電波と呼ばれる。 非熱的電波源としては次のようなものがある。…
…電子シンクロトロンなどの加速器では磁場によって電子の軌道を曲げるが,このときの加速度によって軌道の接線方向へ,紫外線を中心とする連続スペクトルの軌道面に平行な偏光が放出される。これをシンクロトロン放射といい,この光の発生は加速器の性能を限定する因子であるが,最近は,光源として積極的に利用されている。【三須 明】
〔光と文化〕
【光の思想史】
光は古来文学,哲学,宗教において比喩として用いられる。…
…高エネルギー物理の研究には電子や陽子をGeV(109eV)からTeV(1012eV)ときわめて高いエネルギーに加速することができるシンクロトロンや線形加速器などの高エネルギー加速器が利用される。シンクロトロンで加速されたり,線形加速器からストレージリングに入射して貯蔵したGeV程度のエネルギーをもつ電子が行う円運動に伴って放出される電磁波放射線をシンクロトロン放射光(SOR)と呼ぶ。SORは赤外から硬X線領域にまたがるきわめて強力で安定な放射線であり,線源として種々の応用が考えられている。…
※「シンクロトロン放射」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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