光の伝搬する速さであるが,単に光速度といった場合は,真空中でその波長よりずっと大きな空間を伝わる光の速さを指す(以下においても光速度という場合は真空中の速さとする)。これは通常cで表され,その値はc=2.99792458(1.2)×108m/sである。ここで( )内の数字は最終桁に対する誤差を示す。光速度は光の波長に依存せず,マイクロ波でも電波でも,すべての電磁波で同じであり,したがって,光の信号速度も位相速度もこの値となる。電磁波の周波数(振動数)をν,真空中の波長をλ0としたとき,光速度は両者の積νλ0で与えられ,真空の誘電率ε0と透磁率μ0とに対して次の関係がある。
前述のcの値は時間の標準セシウム133(133Cs)の超微細構造遷移の周期と,長さの標準クリプトン86(86Kr)の橙色スペクトル線の波長とを基準として,分子のスペクトルで安定化したレーザーの発する光の周波数と波長とを測定して決めたものである。誤差は,主として長さの標準であるスペクトル線の幅と形とに起因しており,精度はほぼ長さの標準の精度と同じである。現在のところ時間の標準のほうは十分な精度があるので,近い将来,光速度を定義し,これと時間の標準とから長さを求めるように変わる予定である。
互いに運動する座標系の間で時間と長さとは不変量でないが,光速度は不変量である。実際に精密な原子時計をジェット機に乗せて世界を一周させると,地上に置いた原子時計との間にずれが生ずる。東回りでは(59±10)×10⁻9秒の遅れ,西回りでは(273±7)×10⁻9秒の進みであった。これは地球の自転と重力のポテンシャルによる相対論的効果である。長さの相対論的変化も同じ程度であるが,測定精度が足りず,直接には観測されていない。このことから,光速度の値が,どの座標系にある光をどの座標系の時計とものさしとで測定したかによって違ってくるように思える。しかし,光速度はそれを測る時計とものさしとの座標系のとり方によらず不変である。実際に地球の自転や公転に対して伝搬方向の異なる光の速さが同じであることが確かめられている。さらに,すべて運動する物体の速さは光速度を超えることはできない。
→相対性理論
光速度は最初,天文学的な方法によって求められた。O.レーメルは1675年ごろ木星の衛星の食の開始時刻が周期的に変化することを見いだし,この変化は木星から地球まで光が伝わるのに要する時間が地球の公転によって異なるために生ずるとして,光速度約2.2×108m/sを見積もった。また,J.ブラッドリーは1725年ごろに地球の公転速度によって光の進入方向がわずかに傾く効果を用いて光速度を求めた。これら天文学的方法に対して地上の光学実験で光速度を測定した例の中では,1849年のA.フィゾーによる回転歯車を用いた測定(フィゾーの実験,3.13×108m/s)およびその翌年J.フーコーが行った回転鏡を利用した測定(2.98×108m/s)が有名である。その後,78年からA.マイケルソンによって光速度の精密測定が精力的に行われ,1926年にはカリフォルニアのウィルソン山とアントニオ山の間で光を往復させる実験において,2.99796×108m/sという値を得た。また37年ごろからはC.D.アンダーソンがカー・セルを用いて測定している。これらはいずれも,あらかじめ測定した距離を光が往復する時間を光シャッターを用いて測る方法である。50年以後はマイクロ波の周波数が高精度で決定できるようになったことに伴って,その周波数と波長との測定から光速度を求めるようになり,電波干渉計による波長の測定,空胴共振器を利用した共振周波数の測定およびその周波数に対応した波長の算定,あるいは各種の分子スペクトルの周波数と波長との測定が行われた。現在では,すでに記したように,安定化したレーザーを用いて光速度が求められている。
透明な物質中の光の速さvは物質によって異なるが,真空中の光速度より小さくなり,物質の屈折率(絶対屈折率)をnとすると,
v=\(\frac{c}{n}\)
で表される。この速さは光の波面の伝わる速さ,すなわち位相速度で,光の周波数の関数である。空気や水,あるいはガラスなどのような等方的な物質では光の速さが方向によって変わることはないが,水晶や方解石など異方性の結晶中では,光の伝わる方向によってその速さが変わる。また,異方性の結晶中では光の伝わる方向を指定しても異なる速さの2種の光が存在する。この場合,それぞれの光について上の式で与えられる位相速度は光のエネルギーが伝わる速さとは異なり,位相速度を法線速度,エネルギーの伝搬速度を光線速度ray velocityと呼ぶ。
→光
執筆者:三須 明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
光が伝わる速さ。単に光速ともいう。真空中における光速度は、振動数に関係なく一定で、普遍定数として通常cで表す。光速は毎秒約30万キロメートル、現在c=299792.458km/secが国際的な標準値と定義されている。光は電磁波であり、電磁波の伝搬速度も、電磁的作用の伝達速度も、cである。アインシュタインが特殊相対性理論の基礎として、相対性原理とともに設定した光速度不変の原理は、互いに等速度運動をするすべての観測者(慣性系)に対して真空中の光速度はつねにcであるという原理であり、光速度は光源の運動状態によらないとも表現される。物質中を光が伝わる速さは、cを媒質の屈折率で割った値で、cより小さい。光は電磁波であるとともに、電磁場の量子として粒子性を有している。光の量子は質量ゼロの粒子であり、光子(フォトン)とよばれる。光子が伝わる速さもcである。質量をもつ粒子の速度は光速度を超えることはできない。光子以外の素粒子でも質量がゼロならば、その粒子の速度はcの大きさとなる。ニュートリノ(中性微子)のように質量が非常に小さい場合には、エネルギーは小さくても速さはcに非常に近い。特殊相対性理論の数学的枠組みのなかで、仮想的に質量を虚数にとって超光速粒子(タキオン)の理論的可能性が指摘され、実験的にも追究されたことがあったが、その証拠となるものはみいだされていない。
光速度を測る研究は、歴史的にはガリレイにまでさかのぼる。地上の2点間を通過する時間を測る方法で、光速は非常に大きいとの結論を得たが、数値は求められなかった。彼は、数値をみいだす方法として、木星の衛星の観測による方法を示唆した。1676年にデンマークの天文学者レーマーが、木星の衛星の食周期の変化を観測して、初めて光速の数値をみいだした。その後、1727年にイギリスの天文学者J・ブラッドリー、1848年にフランスの物理学者フィゾー、1850年にJ・B・L・フーコー、1926年にアメリカの物理学者マイケルソンなど多くの学者がそれぞれ独自の方法によって測定を行っている。cを正確に決定するためには、地上の2点に離れた時計をあわせる必要がある。この困難を解消するため、反射して返ってくる光の信号が用いられるようくふうされた。
光速度は宇宙における現象から微視的世界(原子・分子、原子核、素粒子の世界)に至る記述に表れる基礎物理定数である。その値は重要な意味をもつことから、測定値の精度の向上が絶えずなされてきた。1983年に長さの単位を時間の単位と光速度から定めることになり、前掲のcの値は定義値となった。すなわち、1メートルは光が真空中を2億9979万2458分の1秒の間に進む距離である。
[玉垣良三・植松恒夫]
『小山慶太著『光で語る現代物理学――光速Cの謎を追う』(講談社・ブルーバックス)』
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…電場の振動面が一方向に限られているものを直線偏光といい,これに対して通常の光源の光はいろいろな方向の振動面をもった光が多数集まったもので,このような光は自然光と呼ばれる(偏光)。光が真空中を伝わる速さを光速度といい,物理学で重要な基本定数の一つであって,とくに相対性理論や電磁気学において重要な意味をもっている。O.レーメルやJ.ブラッドリーが地球の公転を利用して星からくる光の速さを求めたのを先駆けとして,19世紀にはA.H.L.フィゾーの回転歯車を利用した測定が行われ,さらにA.A.マイケルソンによる精密測定によって光速度の不変性が確かめられた。…
…銀板写真を改良し,1845年にはJ.B.L.フーコーとともに太陽面の撮影に成功した。また彼らは,アラゴーが試みていた地球上での光速度測定の実験を継承し,回転鏡を鋸歯付きの輪を高速で回転させる装置にかえ,フィゾーは49年に,空気中での光速度として約3.15×105km/sの値を測定した(フィゾーの実験)。50年にはフーコーとともに開発した回転鏡を用いる装置によって,フーコーと独立に,光が水中よりも空気中でより速く伝搬することを実証し,光の波動論を支持する結果を与えた。…
※「光速度」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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