ジッペ
Sippe
伝統的なドイツ法制史の体系の中で中心的な地位を占める概念のひとつで,古代ゲルマン社会における氏族団体(もともとは共通の始祖から発した男系親族の一団)を意味する。このジッペは,確固たる組織をもつ法的団体であり,ゲルマン人の社会生活,法生活の全体を支配する重要な意義を有するものとされる。すべての自由人はいずれかのジッペに属し,それによって社会の一員となることができた。すなわちジッペは,第1に平和団体であり,その成員に平和を保障し,内部の秩序を維持するため固有の刑罰権を有する。第2に保護団体であり,成員の一人に攻撃が加えられた場合,ジッペ全体がフェーデと血の復讐を行い,加害者のジッペのほうもまた共同してこれに応ずべきものとされた。ジッペは贖罪金や人命金を受領し,またその支払について責任を負い,訴訟においては訴を提起し,宣誓補助を与える。第3に軍隊の編成単位である。第4に定住団体であり,土地の割当てや定住もジッペごとに行われた。このようなジッペは,家における家長権のような支配者の権力によって秩序立てられる支配的団体ではなく,仲間的団体(ゲノッセンシャフト)としての構成をもつ。すでに先史時代に,男系親的血族団体としてのジッペ(固定的ジッペ)と並んで,男女両系親を含むジッペ(可変的ジッペ)が現れ,フランク時代に移るにつれてしだいにこれが優勢となったが,それとともに内部的結合の強固さは弱められ,社会構成の基本的単位はジッペから小家族(家)に変わることになった。
およそ以上のようなジッペ概念は,今日そのままには維持しがたくなっている。そこには,過去に国家以前の共同体社会を発見し,それを概念的に体系化しようとした19世紀のドイツ法制史に特有の課題が色濃く反映していると批判され,また男系親的血族団体の存在それ自体をはじめ,これに帰属させられた一連の公的任務のほとんどすべてについて,その史料的根拠が激しく争われている。そこから,古代ゲルマン社会におけるジッペの意義を否定し,非血縁的な支配関係,とりわけ豪族支配体制の始原的な重要性を指摘する見解も出てくる。たしかに,伝統的なジッペ概念は厳しく反省されなくてはならない。タキトゥスにみられるゲルマンの血族は,むしろ小家族を基礎とした両系の親族である。ただこの小家族を中心とした社会の主要な紐帯が,支配関係であったとまでいってよいのかは疑問もある。この段階では血縁の紐帯はやはり相当に強く,血縁関係が種々の社会的機能を果たしていたことは否定できない。今後,この血縁のもった機能の程度・態様について具体的にとらえ直す作業が必要であろう。
→氏族制度
執筆者:佐々木 有司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
Sponserd by 
ジッペ
Sippe
古代ゲルマン社会の氏族共同体。元来は1人の始祖に始る男系の氏族団体で,宗教的性格をも帯びていた。ジッペは古代ゲルマン民族の根元的な生活単位であり,人々はジッペの保護下で生活の安全を保障され,外部からの加害に対してジッペ成員全員による救済を期待しえた。経済生活もまたジッペを単位としており,成員の私法的権利はジッペの総有権によって包括されていた。移動期のゲルマン人が定住する際に,ジッペは農業生産共同体として機能した。戦時における軍の単位もまた当然ジッペであった。ゲルマン法が根本において団体法であるのは,このジッペに起因する。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
Sponserd by 
世界大百科事典(旧版)内のジッペの言及
【家】より
…日本の家も西欧のファミリーも,その基本的機能は成員の生活保障にある。だからこそ血縁者のみでなく,他人もいれる必要がでてくる。英語のファミリーfamilyの原義は家の使用人たちであった。歴史とともに社会が安定し,生活が容易になれば,他人を必要とせず,血縁につながる近親者の小集団に縮小してくる。しかし,家の血縁に対する考え方は国によって違う。[家族]
【日本】
[結合原理としての家――伝統と変容]
日本の場合,血縁尊重ということがよくいわれる。…
【ゲルマン人】より
…それはすでに長い前史をもつ定着的な農耕と牧畜を主業とする社会であり,地理的な事情もあって北東部諸族の間では,南西部におけるよりも牧畜が重視されていた。氏族([ジッペ])の遺制とその観念は,たとえ擬制的なものであるにせよ,農村の生活,戦闘のやり方,私法上の諸慣習にかなり濃厚にみうけられるが,しかしそれらを越えた政治的なまとまりがあり,その公的な制度と秩序は厳然と保持されていた。そうした政治的まとまりは,全ゲルマニアをうって一丸とした領域国家ではなしに,ローマの著述家により[キウィタス]と呼ばれた小国家の分立であり,しかもそれは地縁的なまとまりというよりも,本質的には人的な結合体という性格の強いものであった。…
【私刑】より
…さらに清代の南中国では同族・同郷集団の間での武力闘争,いわゆる[械闘](かいとう)がしばしば起こったが,これらの組織内での盗犯・姦淫について,公権力によらず私刑を行ったことがあった。【植松 正】
[ヨーロッパ]
ゲルマン古代においては,犯罪は(1)個人の利益(生命,身体,財産,名誉など)を害するものと,(2)国家や人民団体の利益を害するものの2種類に分けられ,前者の個人の利益の侵害に対しては,[ジッペ](氏族団体)による制裁に任された。すなわち,被害者のジッペは,加害者のジッペに対して復讐を行う権利と義務を有し,他方加害者のジッペも加害者を援助して復讐に応じる義務があった。…
【フェーデ】より
…ゲルマン古代ならびにゲルマン法において,違法行為が私人たる当事者の間に発生した場合に,被害者の所属する氏族団体すなわち〈[ジッペ]〉と,加害者のそれとの間に自動的に生じる敵対関係をいう。そしてこの関係は,基本的には,被害者側による血の[復讐]の成功をもって終結する。…
※「ジッペ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
Sponserd by 