日本大百科全書(ニッポニカ) 「ストイケイア」の意味・わかりやすい解説
ストイケイア
すといけいあ
Stoikheia
数学書。紀元前3世紀前半に活躍した古代ギリシアの数学者ユークリッド(エウクレイデス)の代表的著作。全13巻よりなる初等幾何学に関する史上最大の名著である。『幾何学原本』『原論』『エレメンツ』Elementsなどともよばれる。原題の「ストイケイア」は、第一の諸原理とか、始まりを意味する語で、幾何学の命題が次々と連なった入門書ということを示している。
この著書は、今日までに増巻(紀元前2世紀と紀元後6世紀に各1巻)があり、他方、解説や各国語への翻訳、注釈、研究などがほとんどとぎれることなく発表され、19世紀までも初等教育の学校テキストに使用していた国もあった。こうした点からみて、『聖書』と並ぶ人類全体の貴重な財産といえよう。
その内訳は、1巻が基本作用、合同定理、多角形の面積、ピタゴラスの定理、2巻が幾何学的代数学、3巻が円の幾何学、4巻が正多角形の作図、5巻がエウドクソスの比例論、6巻が相似図形、7~9巻が数論、10巻がある種の無理量の分類、11巻が立体幾何学、簡単な体積、12巻が取り尽くし法による面積と体積、13巻が五つの正多面体の作図、となっている。ここには、古代ギリシア時代に蓄積されたものが主軸になって、それに、著者自身の発見した命題(ごく少数だとされている)を加えている。
本書の特色は、数学の確固とした体系をたてるために、多くの資料を丹念に調査し、それらを論理的な厳密さと簡潔さで、既知の簡単な命題から未知の複雑な命題へと一歩一歩と順序を踏んで進み、全体系を文句のつけようがないほどの正確さで展開させている点である。用語の緻密(ちみつ)な吟味、体系の基本原理の決定、証明の的確な表現などに異常なほどの用意周到さがみられる。そこには、実用性はもちろん、具象性や命題の成立に至る過程もいっさい顧慮されていない。それは、いわば論理的な理性の石の構築物である。
ユークリッドがこの著書をどのような目的で書いたのかについては断定はできないが、プラトン学徒だった彼が、古代ギリシアの数学者たちの業績をプラトンの思想に基づいて順序よく理論的にまとめようとしたのではないかと思われる。
ところでこの著書は、文字どおり完全無欠ではない。たとえば公準第五(平行線の公準)については、古代からいろいろ論じられ、近代になってロシアのロバチェフスキーやハンガリーのボヤイ、ドイツのリーマンが、これらの論議からいわゆる「非ユークリッド幾何学」をつくりあげた。
[平田 寛]
『中村幸四郎他訳『ユークリッド原論』(1972・共立出版)』▽『T・L・ヒース著、平田寛訳『ギリシア科学史 上巻』(1959・共立出版)』