家庭医学館 「たばこと呼吸器の病気」の解説
たばことこきゅうきのびょうき【たばこと呼吸器の病気】
たばこの煙の中には、4700種類ものさまざまな気体と粒子成分(りゅうしせいぶん)が含まれています。きわめて小さいものもあれば、大きいものもあります。粒子状のものもあれば、そうでないものもあります。このような多様な物質がどのように肺、肺の細胞・組織に作用しているか、いくつかのことがわかってきています。
ニコチンなどの物質には、異物を排除・処理する免疫(めんえき)関係の細胞を、肺に集める作用がありますが、そうした細胞自体が組織を傷害することがあります。白血球(はっけっきゅう)の一種、好中球(こうちゅうきゅう)が末梢(まっしょう)の血管から肺に移ってきて、肺の中で炎症をおこしたり、炎症を広げたりして、組織が破壊されたりもします。
カドミウムや二酸化窒素(にさんかちっそ)は、直接、気管支や肺胞(はいほう)の表面をおおう上皮細胞(じょうひさいぼう)に作用し、傷害を与えます。そうして破壊された組織の産物には、好中球などの細胞を肺にひきつける作用のあるものがあり、肺に炎症をひきおこしたり、肺の破壊を促進したりします。
たばこ煙の成分中のあるものは、もともと肺にいるマクロファージ(免疫の第一線ではたらき、異物を貪食(どんしょく)する細胞)やリンパ球(免疫に関与する細胞)に作用し、これらの細胞を活性化させるものがあります。
まれには、たばこ煙の成分が抗原(こうげん)(アレルゲン)になって、肺の中でアレルギー反応をひきおこすこともあります。
◎非喫煙者と喫煙者では、肺にある細胞の数と構成がちがう
気管支肺胞洗浄という方法で、肺を洗って中の細胞をとって調べてみると、非喫煙者では、細胞の80~95%がマクロファージという大型の細胞、5~20%が小型で円形のリンパ球です。ほかに、好中球や好酸球という細胞がみられることがありますが、たいていの場合ごく少数(1%以下)です。
ところが喫煙者では、細胞数が非喫煙者に比べて3~5倍に増加しています。増加した細胞のほとんどはマクロファージで、その比率は95%以上になります。
これらのマクロファージは、たばこ煙の成分をたくさん貪食していて、新しい異物がやってきても貪食する余裕がなくなっています。そして、リンパ球の割合は非喫煙者に比べると激減しています(10%以下)。
リンパ球には、CD4細胞と呼ばれる免疫反応を促進させるリンパ球と、CD8細胞と呼ばれる免疫反応を抑制するリンパ球がありますが、非喫煙者ではCD4細胞がCD8細胞より多く、喫煙者ではCD8細胞のほうが多くなっています。
このようなマクロファージ、リンパ球の変動が、喫煙者が非喫煙者に比べ、かぜをひきやすい理由の1つである可能性があります。
また喫煙者の肺では、好中球や好酸球、とくに好中球の増加が目立つことがあります。これは、喫煙者の肺ではたえず炎症がおこっている証拠です。しかし、ふつうは喫煙者がたばこをやめて6か月くらいたつと、細胞の数と構成は非喫煙者の肺と同じような状態にもどります。
◎喫煙者にみられる呼吸器の病気
■COPD(慢性閉塞性肺疾患(まんせいへいそくせいはいしっかん)(「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」))
慢性気管支炎(まんせいきかんしえん)と肺気腫(はいきしゅ)として現われる病気です。
慢性気管支炎とは、たばこ煙の慢性的な刺激のために、気道(きどう)に慢性の炎症がおこり、せき・たんが持続してみられる病気です。
肺気腫とは、たばこ煙によって肺胞壁が破壊され、気道と肺胞壁の接着構造がこわれて、気道が狭くなり、また、肺胞壁が換気に関与しているため、息苦しさがおこる病気です。
いずれも中高年以後に発病する病気で、原因は喫煙です。また、たいていの患者さんは慢性気管支炎と肺気腫の両方にかかっていることが多いので、2つの病名を合わせた慢性閉塞性肺疾患と呼ばれるようになり、その英語を略したCOPDがよく使われています。
COPDの原因は喫煙ですが、喫煙者がすべてCOPDになるわけではなく、全体の10~15%ぐらいです。肺胞はいったん破壊されると回復しないので、たいせつなのは、COPDになりやすい人を早期に見つけ対策を講じることです。患者さんは今以上に悪化させないため、必ず禁煙を実行してください。
■肺好酸球性肉芽腫症(はいこうさんきゅうせいにくげしゅしょう)(肺(はい)ヒスチオサイトーシスX(「肺好酸球性肉芽腫症(肺ヒスチオサイトーシスX)」))
ランゲルハンス細胞と呼ばれる大型の細胞と好酸球の浸潤(組織の細胞の間に別の細胞が入り込むこと)がみられる病気で、まれなものです。
患者さんのほとんどは喫煙者で、とくに10歳代で喫煙を始めた患者さんが多く、喫煙の刺激が原因だと考えられていますが、詳しいことはわかっていません。ただし、禁煙するとたいていの患者さんは病気の進行が遅くなるか、回復することはわかっています。
■肺(はい)がん(「肺がん」)
肺がんの原因はたばこだということがしきりにいわれていますが、肺がんにはいくつかの種類があり、このうち喫煙との関係がはっきりしているのは扁平上皮(へんぺいじょうひ)がんといわれるタイプの肺がんです。
このタイプの肺がんは、気管支の表面をおおう上皮細胞に、喫煙による慢性的な刺激が加えられた結果できるとみなされています。
しかし、肺がんのなかでいちばん多いのは腺(せん)がんといわれるタイプで、このがんは喫煙と関係ありません。最近では、腺がんが扁平上皮がんより、はるかに多くなっています。
◎喫煙者には少ないか、みられない病気
■過敏性肺炎(かびんせいはいえん)(「過敏性肺炎」)
有機物の粒子(りゅうし)(粉塵(ふんじん))をくり返し吸い込んでいるうち、これを抗原とする抗体ができ、その後、この抗原を吸い込むと、発熱や息苦しさがおこり、胸部X線写真では、肺全体に微細な粒状の影が現われます。
牧草の中のカビが原因でおこる農夫肺(のうふはい)、湿っぽい家で夏に繁殖するカビが原因となる夏型過敏性肺炎(なつがたかびんせいはいえん)など、過敏性肺炎には、さまざまな種類があります。
この病気は、同じように抗原にさらされていても、喫煙者にはまれな病気であることが以前から知られていました。その理由には、喫煙者では気道が狭くなっているため、抗原が、免疫の成立する肺胞まで侵入しにくいこと、抗原が肺胞に侵入しても、喫煙者では免疫のはたらきが喫煙に対応するのに手いっぱいで抗体が産生されにくいことがあります。