ティサ(英語表記)Tisza István

改訂新版 世界大百科事典 「ティサ」の意味・わかりやすい解説

ティサ
Tisza István
生没年:1861-1918

ハンガリーの保守政治家。大土地所有貴族の出で,ティサ・カールマーンの息子。1867年以降のアウスグライヒ体制と独墺同盟維持目標とし,第1次世界大戦前の20年余りの政界を牛耳る。1903-05年に首相。12年から下院議長として軍拡案を通過させ,13年に再び首相。第1次大戦への参戦には慎重であったが,結局賛成する。あらゆる改革に反対して新帝カールにより解任され,18年10月のハンガリー革命期に暗殺された。
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ティサ
Tisza Kálmán
生没年:1830-1902

ハンガリーの保守政治家。大地主貴族の出で,1848年革命後の初代ハンガリー内閣の宗教・公教育相。独立戦争敗北後亡命。61年国会議員となる。67年のアウスグライヒ(妥協)のときにはデアークと対立したが,その後見解を変え,75年にデアークらと合同して自由党結成。同年10月から90年3月まで首相。オーストリア・ハンガリー二重帝国体制の安定化に努めた。
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百科事典マイペディア 「ティサ」の意味・わかりやすい解説

ティサ[川]【ティサ】

ハンガリー東部を南北に貫流するドナウ川支流セルビアクロアチア語でティサTisa。全長966km。ウクライナ西部のカルパティア山脈に発し,ハンガリー大平原を潤してセルビアに入り,ベオグラードの北方約45kmでドナウ川に合流する。流量の季節変化が大で,しばしば洪水を起こしたが,現在では整備され,灌漑(かんがい)にも利用されている。
→関連項目セルビア・モンテネグロハンガリー

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ティサ」の意味・わかりやすい解説

ティサ
Tisza István

[生]1861.4.22. ペスト
[没]1918.10.31. ブダペスト
ハンガリーの政治家。貴族の出身 (伯爵) 。ティサ・カールマーンの子。 1886年ハンガリー議会議員となり,自由党の指導者となった。 1903年首相に就任。その強引な政治により不人気を招き,翌年辞任。自由党解党後,国民勤労党を結成。 13年首相に再任。オーストリア皇太子暗殺 (1914) 後,対セルビア宣戦布告に御前会議で最初反対したが,結局黙諾。ハンガリーの戦時体制を整備したが,新皇帝カルル1世と参政権について対立して辞任 (17) 。第1次世界大戦の敗戦後,革命下に暗殺された。

ティサ
Tisza Kálmán

[生]1830.12.16. ゲスト
[没]1902.3.23. ブダペスト
ハンガリーの政治家。カルバン派の大貴族の出身。 1848年革命ではバチャーニュ政府に宗教・教育相として参加。 61年国会議員となり,自由党を創設 (1875) 。 75~90年首相に就任。長期にわたる首相在任中は,経済から法律にいたる数々の改革を行なったが,政権維持のために,少数民族,農民,労働者を無視した反動政治を実施。 90年オーストリア皇帝の干渉に抗議して辞任したが,党内にあって政治勢力を保持した。

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普及版 字通 「ティサ」の読み・字形・画数・意味

【偵】ていさ

証拠固め。

字通「偵」の項目を見る

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