ディグナーガ
Dignāga
5~6世紀ころのインドの仏教思想家,論理学者。生没年不詳。漢訳名を陳那(ちんな)という。《因明正理門論》《集量論》の二大主著において,従来の諸派の説を批判して,唯識思想に立脚して仏教論理学を組織し,新因明(しんいんみよう)といわれる新論理学説を形成した。その特色は,(1)正しい認識の根拠(量)を知覚(現量)と推理(比量)の二つに限定したこと,(2)知覚を思惟を含まないもの(現量除分別)と定義したこと,(3)推理の形式を宗(主張)・因(理由)・喩(比喩)の三支作法としたこと,(4)正しい因の備えるべき三条件(因の三相)を明確にしたこと,(5)さらに知覚の対象となる個別相(自相)と一般相(共相(ぐうそう))を峻別し,後者を〈他者の排除〉によって仮構された非実在にすぎないとするアポーハ説を説いたこと,などが挙げられる。彼の論理学はその孫弟子であるダルマキールティによって継承発展させられた。なお初期の著作と思われるものに,《俱舎論》《八千頌般若経》に対する注釈・要約があり,また《観所縁縁論》は有相唯識説を説き,唯識説を認識論的に緻密にしたとされる唯識派の学匠としての彼を知る上で重要である。
→唯識派
執筆者:松本 史朗
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ディグナーガ
Dignāga
[生]480頃
[没]540頃
インド仏教の新しい論理学 (新因明 ) の確立者。陳那 (じんな) と音写され,域龍と訳されている。唯識説のうちでは有相唯識説を唱え,後代にその説が玄奘三蔵によって中国に伝えられて法相宗が誕生した。ディグナーガは従来の仏教論理学の5命題を省略して,「主張命題」「理由」「比喩」の3命題だけで成立する論式を確立した。また知識根拠としては直接知覚と推論知との2種だけを承認した。それによると直接知覚は分別を離れたものであり,無内容であるが,推論の働きが加わることによって具体的な知識として成立するという。推論については理由名辞の3特質 (因の三相) と9句因の説を立てた。主著『仏母般若波羅蜜多円集要義論』『観所縁論』『掌中論』『取因仮説論』『プラマーナサムッチャヤ』『因明正理門論』。
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「ディグナーガ」の意味・わかりやすい解説
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ディグナーガ
Dignāga 陳那(じんな)
480頃~540頃
インドの仏教論理学の確立者。『プラマーナ・サムッチャヤ(集量論(じゅりょうろん))』ほかを著し,正しい論理的認識方法を直接知覚と推論との2種に限定して論じ,推理の根拠となる理由の3条件(因(いん)の三相(さんぞう))の一部を9状況(九句因(くくいん))に分けて分析し,論理思考の明確化に貢献した。また認識を生じる対象の条件についての考察を行った。彼をはじめとする後期仏教論理学(新因明(しんいんみょう))はダルマキールティ(法称(ほっしょう))によって大成される。
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世界大百科事典(旧版)内のディグナーガの言及
【クマーリラ】より
…彼は,祭式主義の立場からの聖典解釈学を整備する一方,正統バラモン主義の立場から,ベーダ聖典を権威として認めない思想,とくに仏教を排撃することに努めた。ディグナーガ(陳那)以降の新鋭の仏教論理学に対抗するために,〈直接知〉や推理の定義などに新工夫をこらした。〈直接知〉を〈無分別知〉と〈有分別知〉に分類するしかたを仏教論理学から借用し,無分別の直接知を〈直観〉(アーローチャナālocana)と名づけた。…
【論理学】より
…インド論理学は2世紀に,非仏教的学派である正理学派([ニヤーヤ学派])の手によって成立し,仏教徒もこの論理学を受け入れた。しかし5~6世紀になって仏教徒の論理学者ディグナーガ(陳那)がそれまでの論理学(古因明)に大改良を施し新因明を完成した。そしてその結果,インド論理学は,アリストテレス論理学とくらべてさほど見劣りのしないりっぱなものとなった。…
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