フランスの小説家。パリに生まれる。両親の影響のもと、少年時代からドイツ文化に親しみ、パリ大学では哲学を学んだ。第二次世界大戦後まもない1946~1949年には、ドイツのチュービンゲン大学で留学生活を送っている。帰国後、哲学の教授資格試験に失敗したのを機に、ラジオ局に入って放送台本作家となり、さらに1958年から10年間は出版社に勤務した。したがって小説家としてのデビューは遅いが、優れた作品を着実に発表し続け、現代フランスを代表する作家の一人になっている。小説のほかに写真論や自伝的著作もある。
最初の長編小説『フライデーあるいは太平洋の冥界(めいかい)』(1967)でアカデミー・フランセーズ小説大賞を受け、華々しい出発をした。この作品は、ロビンソン・クルーソーの物語を借用しながら、未開と文明、自然と文化、狂気と理性の対立と倒錯を軸に展開しつつ、人間と文明の真の意味を問い直す現代の寓話(ぐうわ)である。続く長編小説『魔王』(1970。ゴンクール賞受賞)は、ゲルマン神話の魔王、民話や童話の食人鬼の現代的化身である主人公が、100万人の少年少女の「新鮮な肉」をヒトラー・ユーゲントに捧(ささ)げるという物語である。さらに『オリエントの星の物語』(1980)では、福音書(ふくいんしょ)で語られている東方三博士のエピソードを翻案しながら人間の救いの問題をさらに深く追求した。また、中編物語『聖女ジャンヌと悪魔ジル』(1983)では、幼児虐殺魔ジル・ド・レと聖女ジャンヌ・ダルクの運命の交錯を描きながら、魔性と聖性の神秘的な交感のうちに人間の窮極の救いをみいだそうとしている。
このようにトゥルニエの小説は、神話や伝説に基づく伝統的なテーマを取り上げつつ、現代の情況を踏まえてそれを新たに解釈するという構造になっている。ビュトールら同世代の作家たちが新たな技法を用いて文学上の実験を試みたのに対して、彼の作品は端正な古典美をまとっている。そして寓話的な物語のなかに深い哲学的思索がこめられているのが特徴である。自伝的エッセイ『聖霊の風』(1977)で述べているように、神話を通して形而上(けいじじょう)学から小説に向かうこと、哲学者と子供が同時に評価できるような作品を書くことがトゥルニエの信条である。
ほかに、児童向き小説『新・ロビンソンクルーソー』(1971。邦訳はのち『フライデーあるいは野生の生活』と改題)、長編小説『メテオール(気象)』(1975)、短編集『赤い小人』(1978)、エッセイ集『吸血鬼の飛翔(ひしょう)』(1981)などがある。
[榊原晃三・小倉孝誠]
『榊原晃三・村上香住子訳『赤い小人』(1979・早川書房)』▽『諸田和治訳『聖霊の風』(1986・国文社)』▽『榊原晃三・南條郁子訳『メテオール(気象)』(1991・国書刊行会)』▽『榊原晃三訳『愛を語る夜の宴』(1992・福武書店)』▽『石田明夫訳『奇跡への旅――三賢王礼拝物語』(1995・パロル舎)』▽『榊原晃三訳『黄金のしずく』(1996・白水社)』▽『石田明夫訳『親指小僧の冒険――七つの物語』(1996・パロル舎)』▽『榊原晃三訳『夜ふかしのコント』(1996・パロル舎)』▽『榊原晃三訳『フライデーあるいは野生の生活』改題改訳版(1996・河出書房新社)』▽『榊原晃三訳『フライデーあるいは太平洋の冥界』(1996・岩波書店)』▽『榊原晃三訳『聖女ジャンヌと悪魔ジル』(1997・白水社)』▽『松田浩則訳『海辺のフィアンセたち』(1998・紀伊國屋書店)』▽『植田祐次訳『魔王』上下(2001・みすず書房)』▽『榊原晃三訳『オリエントの星の物語』新装復刊(2001・白水社)』
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