最新 心理学事典 の解説
ニューラルネットワークモデル
ニューラルネットワークモデル
neural network model
外界または他のニューロンからの刺激は,細胞体を活性化し,電気的・化学的な乱れが生じる。この乱れを活性化情報という。活性化情報は,閾値を超えると(シナプス後電位または神経インパルスとして),軸索,あるいは樹状突起とシナプスによって隣接する細胞体へと伝達され,細胞を発火させる。1943年,マッカローMcCulloch,W.S.とピッツPitts,W.はこのようなニューロンの特性を踏まえ,単一のニューロンを模した人工ニューロンartificial neuronを考案した。その後,学習則をもつさまざまなニューラルネットワークモデルが構築されるようになった。心理学的な過程とかかわるモデルとしては,後述のヘッブHebb,D.O.による細胞集成体モデル,ローゼンブラットRosenblatt,F.によるパーセプトロン,マクレランドMcClelland,J.L.とルメルハートRumelhart,D.E.によるPDPモデルなどが重要である。なお,ニューラルネットワークモデルでは細胞体をノードnodeとよび,軸索・シナプス・樹状突起をリンクとよぶ。ノード間の結合の強度は学習により変化する。この強度は(たとえば2倍,3倍などの)リンクにおける重み付けweightにより表わされる。また,活性化情報が2次,3次のノードへと伝播されることを活性化拡散spreading activationという。
【細胞集成体モデルcell assembly model】 ヘッブは,ニューロンの結合の仕方が変化することにより学習が生じるとした。そして,加重(一つのニューロンからのインパルスだけでは活性化しなくとも,第2のニューロンからのインパルスが重なれば活性化する),疲労(細胞体が発火した後の充電期間で不能期ともよばれる),抑制(抑制ニューロンや抑制物質による)などのニューロンの性質に基づき,以下の規則を含むモデルを提唱した。①ニューロンの結合:二つのニューロンAとBが同時に活性化した場合,AとBは連動して発火する率が高くなる,②間接的結合:AとBを媒介するニューロンがあれば,AとBは直接連結していなくとも結合が生じる,③抑制:AからBにインパルスが伝えられたにもかかわらずBが発火しない場合,Aから多くの情報が来れば来るほど,Bは発火しにくくなる,④固定:ニューロンの結合は一定時間を経て固定される,⑤閉回路をもつニューロンの集合(細胞集成体):細胞集成体では,外部からの刺激がなくとも,AがBを,BがCを,CがAを,というように循環的に活性化した状態が維持される。ヘッブは,特定の刺激(たとえば母親の顔)に対して発火するニューロンは常に同じとはいえないかもしれないが(笑っているときと心配そうなときとでは異なるニューロンが発火するかもしれない),それでも母親の顔に対して毎回共通して発火するニューロンがあれば,そのようなニューロンの集合は「母親の顔」の知覚において核になると考えた。このようなモデルにより,ヘッブは,知覚(外からの刺激により,細胞集成体が活性化している状態),イメージ(刺激がなくなっても閉回路によって活性化が続いている状態),思考(外からの刺激によらない集成体の活性化),潜在学習(運動にかかわる集成体が活性化していないときに,集成体間で結合の仕方が変化する)などを説明した。
【パーセプトロンと並列分散処理】 ヘッブはニューロンの神経生理学的な特性を重視したが,人工知能・認知科学の領域では,より抽象的・形式的なモデルも開発された。ローゼンブラットによるパーセプトロンperceptronは光学的なパターン認識を行なうモデルであり,感覚ユニット(Sポイント),連合細胞(Aユニット),反応細胞(Rユニット)から成る。網膜上の刺激は感覚ユニットに影響を与え,そこでのインパルスは連合細胞に転送される(Aユニットにインパルスを送ったSポイントの集合をオリジンポイントという)。オリジンポイントはAユニットに促進的または抑制的な効果をもたらし,その値が閾値を超えるとインパルスが反応細胞へと転送される(反応細胞にインパルスを転送したAユニットの集合をソース集合という)。オリジンポイントからAユニットまではフィードバックはなく,処理は一方向のみだが,AユニットとRユニット間では双方向の結合が確立される。すなわち,特定の反応細胞を活性化させたソース集合の細胞には促進的なフィードバックが与えられ(よって,より活性化しやすくなる),ソース集合以外の細胞には抑制的なフィードバックが与えられる(よって,より活性化しにくくなる)。このようにして,特定のパターンに反応し,別のパターンには反応しないシステム,すなわち刺激を弁別することができるシステムが作られる。
パーセプトロンでは感覚ユニットと反応細胞の間が単層であり,学習はその1層だけで行なわれる。このことによる限界を,ミンスキーMinsky,M.とパパートPapert,S.が明らかにしたが,マクレランドとルメルハートは多層パーセプトロンにおける学習則を発見し,その限界が解消された。この学習則のことを,逆伝播back propagationという。このことにより並列分散処理モデルparallel distributed processing model(PDP:処理が系列的ではなく並行して行なわれること)によるニューラルネットワークの意義が再認識され,PDPモデルとしてまとめられた。そこでは,知識は特定の場所やユニットに貯蔵されるのではなく,ニューラルネットワーク上のユニットの活性化のパターンによって表わされる。人工知能におけるこのようなアプローチをコネクショニズムconnectionismという。
【ネットワークモデルnetwork model】 ノード,リンク,重み付け,活性化といった概念は有用であり,コネクショニズムによるモデルとは異なるネットワークモデルも,知識表象や情報処理のモデルとして広く用いられている。さまざまな形態のネットワークを図に示す。コリンズCollins,A.M.とキリアンQuillian,M.R.の階層的ネットワークhierarchical network(意味ネットワークsemantic networkともいう)は,図⒜に対応する。単語はノードで表わされ,ノードはリンクによって次の位の概念と,ポインタによって属性と結び付けられる。たとえば,上位(ノードは「動物」,ノードからのリンクの先に「鳥」,ノードからのポインタの先に「皮膚がある」「動き回る」「食べる」「呼吸する」)-中位(ノードは「鳥」,ノードからのリンクの先に「カナリア」,ノードからのポインタの先に「翼がある」「飛べる」「羽毛がある」)-下位(ノードは「カナリア」,ポインタの先に「さえずる」「黄色」)などの階層構造がモデル化されている。「鳥は飛べる」などの命題正誤判断課題において,ノード間の距離の短い「『鳥』は『飛べる』」の方が「『カナリア』は『飛べる』」よりも速く処理されることなどは,このモデルの心理学的な実在性を示唆している。また,アンダーソンAnderson,J.R.によるACT(アクト:Adaptive Control of Thought),ACT*(アクトスター),ACT-R(アクトアール)モデルには,宣言的知識(概念がノードによって表わされる意味ネットワークで,活性化されたノードは作業記憶を示す)や手続き的知識を表わすプロダクションシステムが含まれている。図⒝はこのようなモデルを表している。このモデルも種々の情報処理に要する反応時間を説明することができる。たとえば「Aはaした」「Bはbした」「Bはcした」「Bはdした」では,ノードAは事象aとのみ結合しているが,ノードBは事象b,c,dと結合している。このような命題の想起においては,「Aはaした」よりも「Bはbした」の方が時間がかかる(ファン効果fan effect:ノードに結合している事象が扇風機の羽のようであることからそうよばれる)。ファン効果は,想起手がかりとなる活性化情報が一定である場合,結合している事象が多いと個々の事象に伝播する活性化情報が少なくなることにより説明される。図⒞は,ノード間の連合が多いノードがハブ(中継点)として機能し,このハブを介して多くのノードが短いリンクで連結しているネットワーク(このような特徴をもつネットワークをスモールワールドグラフという)であり,自然言語の語彙や大規模な辞書に含まれる語の関連性を統計的に分析し表わすために用いられる。 →情報処理 →神経系 →単語認知 →知識
〔仲 真紀子〕
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