ハシリドコロ(読み)はしりどころ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハシリドコロ」の意味・わかりやすい解説

ハシリドコロ
はしりどころ
[学] Scopolia japonica Maxim.

ナス科(APG分類:ナス科)の多年草本州、四国、九州、朝鮮半島に分布し、湿った谷の陰地に生える。地下茎は横にはい、太く、くびれのある塊となる。茎は高さ約60センチメートルで直立し、まばらに分枝する。葉は長さ20センチメートルに達する楕円(だえん)状卵形で、先はとがる。葉柄をもち、全縁で柔らかい。春になると、葉腋(ようえき)から1個ずつ鐘形の花を下垂する。緑色の萼(がく)と暗紅紫色の花冠の先はいずれも浅く5裂し、花後、萼は大きくなって、球形の蒴果(さくか)を包む。

[長沢元夫 2021年7月16日]

薬用

根茎ロート根、葉をロート葉と称し、アルカロイドヒヨスチアミンを含むので鎮痛、鎮けい剤として胃痛に用いる。また、硫酸アトロピンの製造原料としても使用される。硫酸アトロピンは瞳孔(どうこう)を散大させる作用があるので、眼科の治療の際に重要な役割を果たす。1826年(文政9)、シーボルトが江戸の眼科医土生玄碩(はぶげんせき)に根茎が散瞳剤として特効があることを教え、玄碩は返礼として拝領した葵(あおい)の紋服を贈った。これがのちに発覚し、両者が獄につながれる事件へと発展した(シーボルト事件)。ロートとは、江戸時代の本草(ほんぞう)学者である小野蘭山(らんざん)が同じナス科の中国産シナヒヨスHyoscyamus niger L. var. chinensis Makinoの漢名である莨菪(ろうとう)を誤ってあてたものであるが、成分薬効は同じである。

 なお、ハシリドコロの名は、植物体がヤマノイモ科トコロオニドコロDioscorea tokoro Makinoの根茎に似ており、誤って食べるとアルカロイドのために錯乱状態となって走り回るところからつけられた。

[長沢元夫 2021年7月16日]


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改訂新版 世界大百科事典 「ハシリドコロ」の意味・わかりやすい解説

ハシリドコロ
Scopolia japonica Maxim.

ヒヨスベラドンナとならぶ著名なナス科の有毒植物。和名は中毒すると走りまわって苦しむのでつけられた。本州,四国,九州の温帯林下の渓流に近い斜面に普通に自生する。山菜摘みをする際,注意しなければならない植物の一つである。全草無毛。茎は高さ30~60cmで,二叉(にさ)状に枝分れをする。地下には節のはっきりした太い地下茎がある。葉は長さ10~20cm,幅3~7cmで軟らかい。裏面は白みを帯びる。花は4~5月に葉が展開した直後に咲く。花冠は鐘形で長さ約2cm,先は浅く5裂する。外側は紫色を帯びるが内側は黄緑色。萼は宿存性で,花後生長して果実を包む。果実は球形の蒴果(さくか)で,長さ約1cm。熟すと上半分がとれて種子を散らす。種子は腎臓形で網目状の表面模様がある。根茎は生薬のロート根(こん)となり,ベラドンナの日本産代用品とする。有毒成分は複数のアルカロイドで,ヒヨスチアミンhyoscyamine,スコポラミンscopolamineなどを含み,胃痛,胃痙攣(いけいれん),十二指腸潰瘍などに用いられるロートエキスやアトロピンatropine(ヒヨスチアミンのラセミ体)の製造原料とする。

 ハシリドコロ属はヨーロッパ,ヒマラヤ,東アジアに7種が知られ,すべて有毒植物である。中国には捜山虎S.sinensis Hemsl.,三分三S.acutangula C.Y.Wu et C.Chenがあり,漢方薬として利用される。
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百科事典マイペディア 「ハシリドコロ」の意味・わかりやすい解説

ハシリドコロ

ナス科の多年草。本州〜九州,朝鮮の湿った谷間にはえる。地下には太い塊茎があり,茎は高さ30〜60cm,葉は互生し楕円形で柔らかい。春,葉腋に暗紫色の花を単生。花冠は鐘形で長さ約2cm,先は5裂する。塊茎,葉には猛毒があるが,かわかしたものをロート葉,ロート根といい,ロートエキスを作り,鎮痙(ちんけい)・鎮痛剤,アトロピンの原料などとする。若葉は柔らかく,おいしそうなので,まれに山菜とまちがえられて食中毒をおこす。名は塊茎がオニドコロに似,食べると苦しんで走りまわるということによる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハシリドコロ」の意味・わかりやすい解説

ハシリドコロ(走野老)
ハシリドコロ
Scopolia japonica

ナス科の多年草で,本州,四国の谷間の陰湿地に自生する。地下茎は太く横にはう。茎は高さ 30~60cmでまばらに分枝する。葉は長卵形で互生し,長さ 10~20cmでほぼ全縁である。春に,葉腋から1花を下垂する。花は暗紅紫色の鐘形で長さ約 2cm,萼は5浅裂し,花冠は先が浅く5裂する。有毒植物でアルカロイドのヒオスシアミンスコポラミンを含み,ロートエキス,ロートチンキの製造原料とする。鎮痙,鎮痛剤。目の治療にも使用するが,毒性が強いので注意を要する。

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世界大百科事典(旧版)内のハシリドコロの言及

【有毒植物】より

…山菜とまちがえて中毒する例の多い植物に,次のようなものがある。山林に自生するハシリドコロ(ナス科)の根はロート根といい,鎮痛,鎮痙に用いられるが,全草にアトロピン系のアルカロイドを含んでいて猛毒である。芽生えを山菜とまちがえてたべたりすれば,その名の通りに走りまわって止まるところを知らずついには死に至る。…

※「ハシリドコロ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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