ラセミ体(読み)ラセミタイ(その他表記)recemic body

デジタル大辞泉 「ラセミ体」の意味・読み・例文・類語

ラセミ‐たい【ラセミ体】

racemic body化学構造鏡像関係にある一対光学異性体を等量混合した物質光学活性は失われ、旋光性を示さない。

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改訂新版 世界大百科事典 「ラセミ体」の意味・わかりやすい解説

ラセミ体 (ラセミたい)
recemic body

対掌体が等量混じっているため,旋光性を失っている物質。旋光性の方向を表すのに,右旋性をd-または(+),左旋性をl-または(-)と書くのに従って,ラセミ体はdl-または(±)と書く。

 1820年ころ,ブドウ酒に含まれている通常の酒石酸と性質が異なる異性体が発見された。J.L.ゲイ・リュサックはこれをラセミ酸(ラテン語のブドウの実racemusに由来)と呼んだ。酒石酸は右旋性であったが,ラセミ酸は光学不活性であった。48年L.パスツールはラセミ酸塩の結晶半面像には右向きのものと左向きのものとがあるのに注目し,拡大鏡とピンセット両者を注意深く分離したところ,一方からは既知の右旋性酒石酸が,他方からは未知の左旋性酒石酸が得られた。この結果,ラセミ酸の不活性は1対の対掌体が等量混合しているためであることが明らかとなった。以後,半分が他の半分のエナンチオ異性体(対掌体)である分子の集団をラセミ体と呼ぶようになった。

ラセミ体は,等量の純粋な各エナンチオ異性体の混合や,純粋なエナンチオ異性体の一方を適当な条件で反応(ラセミ化)させることによって得られる。互いに鏡像関係にない分子から鏡像関係が成立するような生成物を得る方法を不斉合成という。これに対してラセミ体を光学活性種に分ける操作を分割あるいは光学分割という。パスツールが酒石酸塩の分割に用いたような機械的分割,微生物にエナンチオ異性体の一方だけを選択的に消費・分解させる生物学的分割があるが,最も一般的な方法は分割試薬を用いる化学的分割である。分割試薬は光学活性物質の一方の対掌体で,分割した化合物と容易に反応する化合物から選ばれる。ラセミ形(±)-Aと分割試薬(たとえば(-)-B)との反応生成物(+)-A-(-)-Bと,(-)-A-(-)-Bとは互いに化学的性質を異にするジアステレオ異性体であるから,再結晶その他の通常の方法で分離可能である。ラセミ化あるいは分解などを起こすことなくAとBを切ることができれば(+)-Aおよび(-)-Aが単離できる。分割試薬は,上記の条件に合うもののうち,比較的入手が容易なものから選ぶ。アミノ酸(とくに酸性および塩基性アミノ酸),アルカロイド,テルペンなどの天然物が用いられることが多い。

1対のエナンチオ異性体は等しい化学的・物理的性質を示す。気相,液相ではラセミ体は通常純粋な混合物であり,その性質(沸点,融点,密度,屈折率など)は各エナンチオ異性体のそれとは変わらない。しかし,固相(結晶)では事情は異なる。分子間力はきわめて特異的で,構造のわずかな変化にも著しく影響されるからである。結晶相で,一方のエナンチオ異性体どうしがより強い親和性をもつ場合,(+)体,または(-)体だけの結晶が成長するので,巨視的には各エナンチオ異性体の結晶の混合物が得られる。これをラセミ混合物という。機械的分割はこの場合に限って適用できる。これに対して一方のエナンチオ異性体が他方のエナンチオ異性体により強い親和性を示す場合には,(+)体と(-)体の化合物に相当するものが生じる。このとき単位格子の中に(+)体と(-)体が同数含まれる。ラセミ化合物の性質はエナンチオ異性体のそれとは異なる。二つのエナンチオ異性体がほぼ等しい親和性を示す場合,純粋な混合物が生じる。これをラセミ固溶体または混晶という。
エナンチオ異性 →光学異性
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラセミ体」の意味・わかりやすい解説

ラセミ体
らせみたい
racemic modification

等しい量の光学対掌体(エナンチオマーenantiomer)からなる光学不活性の物質をいう。光学活性をもたない原料および試薬を用いて不斉(ふせい)化合物を合成すると光学活性(旋光性)をもたないラセミ体が得られるほか、両光学対掌体を等量混合した溶液から結晶させるなどの方法によってもラセミ体が得られる。ラセミ体の溶液は光学対掌体を等量含む混合溶液にすぎないが、固体では、(1)ラセミ化合物、(2)ラセミ混合物、(3)ラセミ固溶体、の3種の形態のいずれかで存在する。ラセミ化合物racemic compoundでは、両対掌体が1:1の組成の分子化合物をつくっていて、一般に、光学活性な対掌体に比べると結晶形、融点、溶解度などの性質が異なっている。ラセミ混合物racemic mixtureは両方の光学対掌体の結晶が等量混じり合ったもので、結晶を大きく成長させると肉眼で両対掌体結晶を拾い分けることもできる。ブドウ酸アンモニウムナトリウムの結晶を拾い分けてD-酒石酸とL-酒石酸に分割したフランスのパスツールの実験は有名である。ラセミ固溶体racemic solid solutionは、光学対掌体と融点が等しく、また両対掌体の比率を変えても融点は変わらないという特色があるが、その例は比較的少ない。

[廣田 穰 2016年11月18日]

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化学辞典 第2版 「ラセミ体」の解説

ラセミ体
ラセミタイ
racemic modification

等モルの対掌体からなる光学不活性の物質.接頭記号(±),dlDLr(またはrac)などをつけて示される.たとえば,ラセミ乳酸は,右旋性乳酸と左旋性乳酸の等量からなり,(±)-乳酸,dl-乳酸,DL-乳酸,r-乳酸などとよばれる.気体,液体,溶液の状態では,一般に対掌体の混合物として存在するが,結晶では,ラセミ化合物として存在する場合と,ラセミ混合物として存在する場合とがある.ラセミ化合物も液体や気体の状態にしたり,溶液にしたりすると,ラセミ混合物になる.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラセミ体」の意味・わかりやすい解説

ラセミ体
ラセミたい
racemic modification

等量の光学対掌体から成る物質で,ラセミ混合物とラセミ化合物 (分子化合物の一種) とがある。ラセミ体は偏光面の回転角が等しく,その方向が反対の旋光性を有する各対掌体の等量から成るために光学不活性である。気体,液体,溶液の場合は混合物として存在するが,結晶の場合は混合物,分子化合物,固溶体などの状態をとる。天然物のなかには光学活性体が多いが,通常の合成によって得られた化合物はラセミ体である。 (→ラセミ化 , ラセミ体の分割 )

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百科事典マイペディア 「ラセミ体」の意味・わかりやすい解説

ラセミ体【ラセミたい】

1対の対掌体の当量混合物。対掌体が分子化合物をつくっていることがしばしばあり,その場合はラセミ化合物ともいう。→光学異性

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栄養・生化学辞典 「ラセミ体」の解説

ラセミ体

 →ラセミ化合物

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